クリスティーネ・エーブナーの『溢れる恩寵についての書』に記された、
修道女アーデルハイト・フォン・インゴルシュタットの生涯と奇蹟


 聖女アーデルハイト・フォン・インゴルシュタットの生涯をお話ししましょう。彼女は以前、べギンでしたが、その後、私たちの修道院へやって来られました。彼女は、何ごとにおいても修道会の規則を厳格に守り、とりわけ沈黙の行に厳しかったのです。禁じられたいかなる場所でも彼女は、沈黙を破ったことがありませんでした。
 内陣にいるとき、歌っている以外は絶えず、
 「イエズス・キリスト、イエズス・キリスト、・・・・」
 と、咳いているのが聞き取れました。
 他の人と一緒のときは、まことに好意に溢れていたのでそばにいる者は皆、彼女に感化されて悔い改めました。
 聖主は、彼女に試練を課されました。彼女は、ハンセン氏(らい)病であると咎められて一時、修道院を追われましたが、このとき聖主は、こう言われました、
 「人々から追われても悲しんではいけません。私が、自らあなたの家主となるだろう。」
 聖主は、彼女にこの言葉通りになさいました。彼女は、これまでほとんど誰一人として送ったためしのないほど神聖な生活を受け入れました。それからというもの彼女は、エンドウの汁以外は、もはや口にせず、毎日鞭打ちの苦行を行い、朝課まで一睡もせずに過ごされました。
 人が、
 「なぜ朝課の前に一晩起きていて、その後起きていないのですか。」
 と、尋ねられますと、彼女は応えました、
 「朝課の前には、聖主にお仕えする者が一人もいないからです。その後は、たくさんおられますもの。」

 さて、この聖なる生活を、聖主のために、聖主への愛ゆえに、長年送り続けていると、聖主ご自身が彼女に姿を現されて、
 「あなたを永遠の歓びへ連れていこう。」
 と、告げられました。

 彼女にはメヒティルト・クルンプジートという幼な友達がおりましたが、聖主は同じ夜に彼女の枕辺へもおいでになり、こう言われました。
 「私は、あなたの友を連れていくつもりです。」
 朝になって行き合ったとき、二人は互いにそれを伝え合いました。
 そこで、アーデルハイトは、メヒティルトに言いました、
 「あなたは、穢れない魂をおもちなのでしょう。だから、聖主は私に語られたそっくりそのままをあなたにもお話しになったのです。」
 ある夜、二人は、一緒に朝課を唱えておりました。二人ともとても敬虔な気持ちで唱えていたものですから、一度として眼を上げることもしませんでした。
 不意にアーデルハイトは振り返ると、まじまじとメヒティルトを見つめました。これは、この人にはあるまじきことでした。朝になると、メヒティルトが、尋ねました、
 「なぜ、夜にあんなふうに真剣に私を眺めたのですか。」
 アーデルハイトは応えました、
 「聖主が、確かにそこにおいでだと感じたからです。聖主が、私よりあなたに優しくなさるような気がしたので、あなたをじっと見つめずにはいられなかったのです。」

 この聖なるアーデルハイトは、死を迎えたときにこう言いました、
 「まるで冷たい露に浸されて寝ているようです。」
 彼女は、こよなく優しい甘美なる言葉を語りましたので、彼女の枕辺を囲んでいた人々は、皆その言葉に心が燃え立つような気がいたしました。
 それから、彼女は、幼な友達のメヒティルトにそっと、
 「わたしのそばへ近寄ってほしい。」
 と、言いました。そして、熱意を込めて彼女に感謝しました、
 「あなたがして下さったすべての奉仕に感謝します。
 あなたが私の病にもかかわらず、けっして私を疎んじなかったこと、あのように優しく仕えて下さったことに感謝します。さあ、神に何を望むか言って下さい。聖主は、私に賜物を下さったからです。私が、死に際してお願いすることを何でもお許し下さると、聖主は約束なさいましたから。」
 メヒティルトは応えました、
 「私が、完全な人間(聖人)になれるようお願いして下さい。それ以外のものは、何も望みません。」
 アーデルハイトが言いました、
 「あなたに教えておきますが、あなたはこの修道院で生涯を終えることはないでしょう。修道院長に選ばれ、アウラハの修道院へ行って、そこに葬られるでしょう。」

 時を同じくして、創立者の孫にあたるクーニグント・フォン・アイヒシュテット修道女が、朝課をすませ、内陣を出てこられたました。空は、もう白みかけておりました。そして、助任司祭のミサ聖祭を唱える声が聞こえて参りましたので、彼女はそちらへ行こうとしておりました。聖堂内に降りていく石段の戸口に立って、今では厨房のある広場の方をふと眺めました。
 そこには、一本の大きな美しい菩提樹がありましたが、その葉は一つ残らず明けの明星に変わっておりました。それらの星々は、下へいくほど大きくなり、いちばん下にあるものが何にもまして美しかったのです。木の中ほどまでが、このようでした。それから上にいくにつれて星々は変化し、高くなればなるほど小さくなっておりました。梢(こずえ)のところでは、まるで三日月(みかづき)のようでした。星々はどれも皆、自力でしっかり枝にしがみついておりました。どれか一つが離れると、別の星がその場所に取って代わりました。やがて、本物の太陽が昇り、その輝きを星々に投げかけると、人知には及ぶべくもない美しい光輝が生じました。
 それで、クーニグントは、助任司祭のミサ聖祭をそのままあとに残し、この木の下に歩み寄りました。彼女は、いちばん内側の大枝に二羽の鳥を見つけました。それは、西方の鳩よりも大型だったのですが、姿形は同じく、鏡のように姿を映せるほど澄みきっており、緑柱石にも似て曇りひとつありませんでした。この幻視(ヴィジョン)は、一時課のための二度目の鐘が鳴るまで続いておりました。
 鐘が鳴るや星々は消え失せ、木は再び元の葉を取り戻しました。われに返り、彼女は一時課に出かけましたが、この壮麗な光景を忘れられなかったのです。その後、ミサ聖祭の奉献文となったとき、一つの声が響いて彼女にこう語りかけました、
 「この光景が、何を意味するか知りたいと思いますか。」
 彼女は応えました、
 「はい、知りたいと思います。」
 「それは、この修道院の創始期において、かつて存在したうちで最も神聖な、しかも最も恩寵豊かな人々がいたことを意味しています。わが主は、摂理においてすべてをご存知でおられます。この修道院は、大いなる神の聖寵とともにその時代の半ばに至り、やがて聖寵は徐々に少なくなっていきますが、この修道院のある限り、常に聖主ご自身が、聖寵を恵まれ、けっしてやむことはありません。とりわけ聖寵をなそうと思し召す人々をいくたりか、ここに置かれるでしょう。この修道院のある限り、常に聖主ご自身が、聖寵に恵まれる人々をここに集められます。あなたが、わたしの言葉を信じることをあなたの証(あかし)としなさい。
 あなたの眼にした二羽の鳩は、この修道院に現におり、まもなくあなたがたのもとを去ろうとする最も聖なる二人の人物を意味しています。」
 ミサ聖祭が終わると、この聖寵もやんでしまいました。
 その後、手仕事に出かけようとしたとき、彼女はアーデルハイト・フォン・インゴルシュタットが危篤だと聞かされました。彼女の死後、ほどなくして彼女に仕えていた、もうひとりの聖なる人柄の修道女も亡くなられました。

 さて、修道女クーニグント・フォン・アイヒシュテットが受けた聖寵をお話いたしましょう。
 彼女は、あるとき悲しい目に遭い、聖主のもとへ赴き嘆きました。すると聖主は、応えて言われた、
 「安心なさい。あなたの苦しみを私自身が埋め合わせてあげよう。」
 また、別の日に、聖母が御子を腕に抱かれて彼女の前に姿を現されました。
 彼女は、幼子に言いました、
 「愛しい子よ、何というお名前ですか。」
 幼子は、応えました、
 「嬰児(みどりご)イエズス。」
 彼女は、子供を聖母から受け取ろうとしたが、子供は抗(あらが)い御母の首にしがみついて離れようとはなさいませんでした。
 そこで彼女は尋ねました、
 「小さき聖主よ、あなたは私に何を授けて下さいますか。」
 幼子は応えました、
 「あなたが永遠の王国の子となるという賜物を授けよう。」

 そののち、死の床に伏した彼女は言いました、
 「ああ、なんとたくさんの麗しい幼子らが見えることでしょう。」
 修道女たちが、
 「その子らは何だとお思いですか。」
 と、尋ねました。彼女は応えて言いました、
 「魂たちです。彼らは、私を待っているのです。」
 それから、彼女は、聖ドミニクスと聖ペトロが訪れるのを眼にいたしました。そして、聖なる三位一体が荘厳なる輝きに包まれて現れました。彼女は言いました、
 「聖なる三位一体が、私を連れていこうとしています。」
 彼女は、「サルヴェ・レジナ:元后憐れみ深き御母」を祈りはじめ、“イエズム”という言葉まで来たとき、その魂たちは天に翔昇していきました。





 さて、今度はこのメヒティルト・クルンプジートについてお話ししましょう。
14歳の頃、彼女はある祭壇の前に伏して、あまりにも激しく思いつめていたので、口や鼻や耳から血が吹き出してしまったことがありました。
 「私は、もうこの先二度と神のことを仕事中に無造作には考えられないでしよう。」
 と彼女は言いました。
 これを彼女は実際よく証明してみせたのです。
そして、手仕事をして一日中座っているときは、いつも彼女はほとんど何も思いめぐらさないでいました。しかし、夜になって少々眠ると起き出してしまい、それからずっと、たえず聖主のことについて思いめぐらすのでした。
 彼女は、心正しい人でした。だから、そのために多くの苦しみに耐えなくてはなりませんでした。
 彼女は、生涯のあいだ、まさしく灯火そのものでした。私たちの修道院長を務めていたとき、俗界の人々は、彼女の聖なる生活ぶりと行いゆえに、まことに深く彼女を愛し、慕って参りました。彼女は、実に真摯にその生活態度を律しておいででした。
 さて、聖主が以前示された約束を果たされる時が来られて、彼女は修道院長に選ばれて後、アウラハに赴きました。
 彼女は、その地に着くと心の内に溢れる激しい信仰心を隠しておけませんでした。ある夜、寝台の前に跪いて祈っていた折に、恍惚のあまり脱魂状態となりました。このとき、接客の係をしていた助修女が三度やって来て、
 「階下のお客様のところへいらして下さい。」
 と、告げたのでしたが、神の聖寵に浸り込んだ彼女は、この世の雑事を顧みることができませんでした。
 すると、助修女は立ち去り、接客の相手に修道院長のことを言いました、
 「あの方は眼の下が薔薇色に染まっています。きっと、お酒をお飲みになったのでしょう。」
 メヒティルトは、この言葉を霊的に聴き取りました。そこで、朝になると自分の実の姉妹の元に使いを送り、こう伝えさせました、
 「これからは、私が祈りにわれを忘れているときにはあなたが代役を果たして下さい。あの助修女は、夜に私を中傷して罪を犯しました。この日を憶えておいてください。一年後の今日、彼女は修道院を去り、もう二度と戻って来ないでしょう。」
 彼女は、修道会の規則と正義に忠実な人でありましたから、その生涯を閉じようとしたとき、彼女のところに聖主が姿をあらわされて彼女をたたえ、
 「この世から永遠の歓びへ連れていこう。」
 と、言われました。
 彼女は、実の姉妹の元へ使いを送って、このことを修道院の人々に知らせました。そこで皆、激しく泣き伏し、
 「このままもっと長いことここにとどまらせて下さるよう聖主にお願いして下さい。」
 と、彼女に頼むのでした。
 しかし、彼女は応えて言いました、
 「そうしようとは思いません。私の心は、聖主への希求に満ち溢れています。これ以上、聖主なくしては生き永らえられません。」
 その後まもなく、死が彼女に訪れました。終油の秘跡を授かったとき、彼女は修道女たちに言いました、
 「私は、まったく悲しくありません。皆さんのために慎んでいるのでなければ、私は起き上がり、行きたいと思う所へ行くでしよう。部屋に鍵をかけて下さい。そうしたら、それをお見せします。」
 そして、彼女は起ち上がるとかつてと変わらぬ実に軽やかな足取りですばやく歩き回ってみせました。
 彼女の聖なる魂が、いよいよ肉の器から離れようとしたとき、ある修道女は、彼女の魂がすべての肢体に、とりわけ、神によく仕えたと思われる四肢のひとつひとつに感謝しているのを霊視しました。
 エンテンべルクのある村に、未来のでき事を予言する能力に恵まれた一人の子供がおりました。その子は、あるべギンの信徒の家にいましたが、
 「叔母さん、天が開くのが見えました。そして、アウラハの修道院長様が今、天へ昇っていかれました。」
 と、言いました。それで叔母は応えました、
 「まさか、思い違いをしたんでしょう。」
 すると、その子は言いました。
 「では、行って調べてごらんなさい。」
 その婦人は、子供の言葉に従い、アウラハの修道院に駆けつけ尋ねました。すると、その子の語ったまさしくその時に修道院長が亡くなられたことを聞いたのでした。


【 参考文献 】


上智大学中世思想研究所/編訳監修:冨原眞弓




聖なる読書と伝説「薔薇窓」:http://baramado.info/ 著者:Joanne del apocalypse







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