クリスティーネ・エーブナーの『溢れる恩寵についての書』に記された、
ニュルンべルクのアンネ・フォルヒテル修道女に与えられた聖寵の物語



 ニュルンべルクのアンネ・フォルヒテルという修道女は、神の忠実な婢(はしため)でした。
 彼女には、病気の姉妹がおりました。そのため、まことに大きな忍耐力をもって姉妹の世話をしておりました。
 また、彼女は、大変勤勉で修道院の主要な聖務に携っていました。そのうえ、神に愛された苦行者でありました。山羊皮の肌着をまとい、しばしば聖主への愛ゆえに鞭打ちの苦行を行い己れの血を流されました。
 「神のくびきを負う者には、神は喜んでそのくびきを負い易く軽いものにして下さる。」(聖マテオ11:29〜30)

 この善良な修道女もまた、その通りになりました。
 それは、わずか14歳の折、聖主は、復活祭に復活のお姿を彼女に現されたのでした。
その後も同じく惜しみない賜物を聖主は、彼女に繰り返し授けられましたので、聖主が特別の聖寵を授けて下さらなかった復活祭は、死ぬまで一度もありませんでした。

 大天使聖ミカエルの祝日の夜、朝課のあいだに、
「ファクトウム・エスト・シンディウム;沈黙に包まれた」(黙8:1参照)
 の交唱が歌われておりました時のことでございます。白い衣をまとった天の御使いの大群が訪れ、集会に加わって人の感覚をはるかに超えた妙なる歌声を響かせておられるさまを彼女は、幻視いたしました。

 また、別のある日、終課の折に聖主が、30歳ばかりのお姿を彼女に現されてその愛すべき御顔をあらわされました。そのとき、彼女は、心底言葉には言い尽くせぬ甘美なる歓びを授かりました。
 その後、降誕祭前夜の朝課の後、彼女が祈りつつ祭壇の前に伏していると幻視の中に愛らしい幼子イエズスが、硬い藁(わら)の上に眠っておいでなのが見えました。藁は、幼子の無垢な柔らかい身体を傷つけ、肌に赤い傷痕ができておりました。
 また、別の折にまたしても祈りの途中で彼女は愛らしい幼子の姿をされた聖主を眼にいたしました。聖主は麗しい衣をまとい、彼女の前でいかにも愛らしい仕草で戯れておられました。そのうち、彼女の心には燃えるような愛情が湧き上がってきてこう思わずにはいられませんでした、
 「あなたが私のものだったら、愛しさのあまり食べてしまいたいくらいだわ。」
 すると幼子は、彼女のこの思いに応えてあらがうような素振りを見せて言いました、
 「私は、そんなふうには食べられませんよ。」
 その時、聖主は、彼女の心の眼をお開きになり、聖主自ら秘跡の聖性を示され仰せられたのでした。





 ある日、彼女が内陣で黙想に潜心していると聖主は、輝かしい復活のお姿でおいでになられました。その三日後には三人の殿方がおいでになられましたが、その方々は、一つの天の衣を身にまとっていましたので外見上は、ただ一人の人のように見えました。
 こうして聖主は、彼女に栄光に満ちた三位一体をお示しになられたのでした。

 それから、聖主は、彼女のうちに神の甘美なる流れを注ぎ込まれました。その流れは、その後三十日間、彼女の心を潤されました。

 50歳で彼女は、修道院長に選ばれました。すると、愛する者をけっしてお見捨てにはならない聖主は、再び姿を現されて、恵み深き御言葉を語られました、
 「あなたの労苦すべてにおいて私は、あなたと共にあるでしょう。そして、あなたをあらゆる敵から保護し、あなたの名誉を守って救済するでしょう。」

 この頃、彼女は、職務のためにたいそう苛立ち、不機嫌な気持を募らせていました。
 ある日、祈りの際に思いあまって聖主に向かってこう訴えました、
 「ああ、聖主よ、あなたはあのようにすばらしいお約束をして下さいましたのに私は、今こんなにも惨めに悩んでおります。」

 主は、彼女に言われました、
 「私は、あなたを一度として見捨てたことはありません。私はいつもあなたと共にいました。」

 彼女は、眼を上げ、聖主を仰ぎ見ました。聖主は、30歳ばかりのお姿のまま燦然(さんぜん)たる美に輝いておられました。聖主は、三歩前へ進まれ、こう言われました、
 「私の足跡を辿らなくてはいけない。」

 亡くなられる数年前の復活祭の日に再び彼女は、太陽が輝いているのに気づくといと高い雲間に聖主が、おられるのを眼にいたしました。聖主は旗を手にされ、マグダラの聖マリアが、その御前に脆いておりました。太陽は、聖主にその光輝を降り注いでいました。
 亡くなる前、病で伏せっていた六日のあいだに彼女は、詩編の中の最も美しい詩句を読んでおりました。
 「そんなことをしていては苦しいでしょう。」
 と言われても彼女は、
 「やめられません。まったく何ともありません。」
 と、応えるのでした。

 ある日、ミサ聖祭の奉献文の折に彼女は、祈りの中で自分の苦しみを聖主に犠牲として捧げられました。すると聖主は、青年のお姿でおいでになられてこう言われました、
 「施療院へおいでなさい。そうしたら、私は、あなたのもとへ行き、あなたのためになすべきすべてを行うでしょう。」

 そのあと、施療院へ出かけていきますと、まことの病に襲われました。
病は、6日続きました。亡くなる前に主の聖体を授かられたとき、再び聖主が復活のお姿を現されました。
 彼女の魂が、肉体を去る前にある信頼に足る修道女は、あたかも大軍勢がさまざまな美しい音色の弦楽器を奏しつつ出発するかのごとき物音を耳にしました。この人にはこのとき、彼女の最期を看取るために14救難聖人のひとり、聖アカティウス(Achatius 祝日6月22日:重病と頭痛の執り成しをされる)が、その軍勢〔一千人の殉教者〕を率いて来られていることがぼんやりと察せられました。
 アンネは、自制しきれず手を差し伸べて言いました、
 「ああ、聖主よ、あなたの家にはなんと多くの友がおいでのことでしょう。」

 言葉を終えると彼女は、聖なる最期を迎え、この世に別れを告げられました。




【 参考文献 】


上智大学中世思想研究所/編訳監修:冨原眞弓




聖なる読書と伝説「薔薇窓」:http://baramado.info/ 著者:Joanne del apocalypse







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