悪魔の首筋を捕え縛りつけたニコメデイアの童貞殉教聖女ユリアナ




ニコメデイアの童貞殉教聖女ユリアナ
X四世紀初頭(約300頃,祝2月16日)
St.Uliana


[伝記]
 聖女ユリアナは、ニコメデイア市の裁判官エウロギオスと婚約していた。(ニコメデイア市は、小アジアのビテュニアにあり、コンスタンティノポリスの東、マルマラ海をのぞむ現在のトルコ、イズミト市に位置する。)しかし、聖女は、彼がキリスト信仰を受けいれなければ結婚しないと言い張った。そこで、聖女の父は、聖女ユリアナを裸にしてひどく殴ったあげくのはてに裁判官エウロギオスへ引き渡した。
 裁判官は、聖女に言った、
 「最愛のユリアナよ、なぜ私との結婚を拒んで恥をかかせたのか。」
 聖女ユリアナは、
 「あなたもわたくしの神をあがめてくださいましたら喜んで結婚いたします。そうでなければ、決してわたくしを思いどおりになさることはできないでしょう」と、答えた。彼は言った、
 「最愛の人よ、そんなことをしたらわたしは、皇帝に首を刎ねられてしまいます。」
 聖女ユリアナは答えた、
 「あなたがそれほど地上の皇帝にびくびくなさるのであれば、ましてわたくしは、天の皇帝をどれほど怖れなくてはならないことでしょう。地上で一時の肉体の命を失うことより、霊において天国にある永遠の命を失うことの方が遥かに恐ろしいことです。ですから、どうなさってもわたくしを籠絡することはできません。」
 そこで、裁判官は、聖女を鞭でめった打ちにし、半日のあいだ髪の毛で吊るしておき、鉛を溶かして頭からぶっかけるようにと命じた。しかし、これらすべての拷問も聖女を少しも傷つけることができなかった。それで今度は、鎖で縛られ牢に投げこまれた。やがて、ひとりの悪魔が、天使の姿をして聖女の前に現われてこう言った、
 「ユリアナよ、わたしは、あなたを説得して偽神たちに犠牲をささげさせるために遣わされた神の御使いです。もうこれ以上鞭打たれ、悲惨な死をとげるような目にあなたを会わせないためです。」
 聖女ユリアナは、これを聞くと泣き、そして祈った、
 「ああ、神さま、わたくしを陥れないで下さい。誰が、わたくしにこのようなことをそそのかしているのかお教えください。」
 すると、天から声があってこう言った、
 「その者の首すじを捕まえて何者であるのか、泥をはかせなさい。」
 即座に聖女は、天使に扮した悪魔を捕まえて正体を明かすよう命じた。彼は答えた、
 「わたしは、あなたをたぶらかすために父が寄こした悪魔です。」
 「あなたの父とは誰のことですか」と、聖女ユリアナが、尋ねると彼はこう答えた、
 「べエルゼブブ(「蝿の主」の意であるが、口語聖書では「家の主」と解釈し「ベルゼブル」と表記されている)です。彼は、ありとあらゆる悪行をさせるために私たちを寄こすのです。私たちがキリスト教徒に負けるとひどく殴りかかります。まずいことにわたしは、今その不運に陥ってしまいました。あなたに勝てなかったためです。」
 彼は、いろんなことを白状したついでにこんなことも言った、
 「悪霊たちは、ミサにあずかっている人びとや祈祷や説教のおこなわれている場所からはできるだけ遠いところへ逃げなくてはならないのだ。」
 そのあと、聖女ユリアナは、悪魔の両手をうしろ手に縛り、地面に叩きつけて聖女自身をしばっている鎖できびしく打ちすえた。悪魔は、
 「おお、ユリアナさま、女主人さま、わたしを憐れんでください」と、悲鳴をあげた。
 さて、エウロギオスは、聖女ユリアナを牢から引きだしてくるように命じた。聖女は、縛りあげた悪魔をうしろに引きつれて牢を出ていった。悪魔は、聖女に哀願して言った、
 「ユリアナさま、女主人さま、わたしをこんなに世間の潮笑の的にしないで下さい。そうでないと、これからわたしの力はだれにも通じなくなります。キリスト教徒は、たいへん慈悲深いと聞いておりますが、あなたには血も涙もないのですか。」
 しかし、聖女は、悪魔をしっかりと引っぱり、市場を端から端まで連れて歩き、市中を引き回した最後に肥溜めの中に投げ込んだ。
 さて、聖女は、裁判官エウロギオスの前に出頭すると、ひとつの拷問刑用車輪にくくりつけられた。骨はくだけ、骨の髄が飛び散った。しかし、ひとりの天使があらわれ、車輪を打ち砕き、たちまち聖女の五体をもとどおりに回復させた。これを見たすべての人びとは、キリスト教を信仰するようになった。しかし、裁判官エウロギオスは、その500人の男たちと130人の女たちの首をはねさせた。
 その後、聖女ユリアナは、鉛がいっぱい煮えたぎっている大鍋に入れられたが、まるで涼しい水浴びでもしているように鍋の中につかっていた。それを見た裁判官エウロギオスは、
 「ローマの神々が、私を助けてもくれなければ、すべての神々に対してこんな赤恥をかかせている小娘を罰しようともしない。偽神の神々に災いあれ、力なき偽りの神々は、悪魔のつくりものにふさわしい」と、言って偽りの神々を呪った。それから、聖女の首を刎ねるように命令した。すると、聖女に打ちすえられた悪魔が、少年の姿に扮装して現われ、
 「その娘を容赦してはいけませんよ。彼女は、あなたたちの神々を侮辱し、ぼくを昨夜こっぴどく打ちのめしたんですから、自業自得の報いを与えてやるのがいいんです」と、叫んだ。
 聖女ユリアナは、こんなことをほざいているのは誰だろうかと思って声のする方へ顔をあげた。悪魔は、それを見て飛んで逃げ出し叫んだ、
 「ああ、どこへ逃げればいいんだ。彼女は、ぼくを再びひっ捕まえて縛り上げようとしているみたいだ。」
 ついに聖女ユリアナは、首を刎ねられた。その後、裁判官は、34人の部下たちとともに航海に出かけた。しかし、大嵐が襲ってきてひとり残らず海に溺れた。海は、彼らの溺死体を岸に打ちあげた。すると、野獣や猛禽が集まってきて死肉をきれいに平らげた。
 聖女ユリアナは、ディオクレティアヌスとマクシミアヌスの共同統治時代の四世紀初頭に殉教したと伝えられる。聖女の姿は、殉教者の冠をつけ、綜欄、剣、鉢をもち、地面に投げ倒された悪魔とともにあるいは、焔のなかに立たされ、または悪魔の髪をつかみ、彼を打ちのめそうと鎖を手にしているところが描かれる。分娩および伝染病の保護者とされている。




【参考文献】
バルバロ神父訳「聖書」(講談社)
キリスト教美術図典1990年版/柳 宗玄、中森 義宗 編著
Jacobus de Voragine [ Legenda aurea ] ヤコブス・デ・ヴォラギネ「黄金伝説」
訳者:前田敬作・西井 武/発行所:株式会社人文書院


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