聖トマス・アクイナス X1225頃〜74(祝3月7日,1月28日) L. Thomas Aquinas, Thomas de Aquino.
[伝記] 中世最大の神学者、哲学者。イタリア中部のアクィノ伯家に生まれ、モンテ・カッシーノとナポリで学び17歳の時、聖ドミニコ会に入る。 大聖アルベルトゥス・マグヌスの弟子としてケルンとパリ(245〜59)に滞在し、書物よりも十字架から光を引き出しつつ教授と著作に全修道生活を送る。1256年神学博士号取得。『神学大全』(Summa Theological1266〜67)を完成し、またパリの聖ドミニコ会の神学院長となり(1269〜72)、帰国後リヨン公会議に赴く途中の1274年3月7日帰天。
伝説によると母は偉大な聖人の誕生を隠修士から預言された。彼は「唖の牡牛」と渾名(あだな)された。ある時、彼は部屋に入ってきた娼婦を炎のついた薪で追い払った。これ以後、2位の天使は肉の誘惑から守るため彼に貞操帯を締める。彼の告解者の証言によると生涯純潔の恵みを保ったと言われている。教皇ウルバン4世の要望で作られた「キリストの聖体」祝日のための聖体讃歌は、教会至宝のひとつに挙げられている。また、リヨン公会議への途上、病床についた彼が、鰊(にしん)を食べたいといったところ、漁師がその海域にいない鰊を漁ってきてくれた。ブレッシアの聖ドミニコ会士は聖人が胸に教会を明るくする宝石(escarboucle)をつけて現われる幻を見た。
1323年教皇ヨハネ22世により列聖。1567年ピウスX世は彼をラテン教会の4人の教父たち、聖アンブロシウス,聖アウグスティヌス,聖グレゴリウス,聖ヒエロニムスと祭式を同じにすることを布告した。スルバランの描く左右に教父たちをはべらした《トマス・アクィナスの栄光》(1631年、セビリャ美術館)はそれを示す。教皇レオ13世によりカトリック学校の保護者,教皇ピオ11世により聖体の博士の称号が与えられた。ヴェネツィアでとくに尊敬厚く、神学者や全カトリック大学の聖人とされる。
[図像] 聖ドミニコ会士トマス・アクィナスを,画面中央の地球(全世界)を暗示する同心円状の玉座に座る栄光の姿で表す。右脇下の政治・倫理哲学者アリストテレスと左脇下に立つプラトンとの間に彼をおき、足元にアリストテレス哲学をアラビア語に翻訳・注解したアヴェロエス(1126〜1198)を踏む。聖人の膝の上、あるいは手にする書物は、中世キリスト教世界にとって二重に異質な思想と聖人の両肩斜め上、金箔の半円外に居並ぶパウロや四福音書(人,牡牛,鷲,獅子)記者たちに代表されるキリスト教思想とを融合させたトマスの『神学大全』(スコラ哲学)その他の神学的著作であろう。彼の思想においてあくまでキリスト教が優位にあることは、これら異教徒3人の画面における位階的下位によっても暗示されている。この作品は列聖からほど遠からぬ、1325年頃に描かれた。 聖トマス・アクィナスの特徴として他に、聖ドミニコ会服の上に天使に授けられた貞操帯をする。大聖グレゴリウスと同じように聖霊の鳩が彼の耳に語りかける。星か小太陽が胸の上か右肩の上に輝くものは、ブレッシアの修道士の幻を示す。稀に聖堂の模型を持つのは、ラテン教会の大博士に列せられたことを表わす。
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