聖ウァレンティヌスと「セント・ヴァレンタインデー」




聖ウァレンティヌス
X280年頃
F.Valentinus


[伝記]
 2月14日は、セント・ヴァレンタインデーですが、その由来となると、さまざまに尾ひれがついてしまい、いったいどれが本当のお話だったのか?と首をかしげるほどです。・・・そこで、ちょっと黄金伝説に記されている聖ウァレンティヌスの伝記を紹介いたしましょう。

 同名の聖人がふたり存在し、ともに2月14日を祝日としています。ローマのフラミニア街道をおたがいあまりはなれていない地所に墓地を持つこのふたりの殉教聖人名が、“ウァレンティヌス”と言います。
 ひとりは、ローマの司祭でローマ都長官の娘の眼を見えるようにし、皇帝クラウディウス・ゴティクス(在位268〜270)の治下に殉教した聖人。どんな責苦に会っても決して「ころばなかった」というところから≪ころび病:てんかん≫の保護の聖人とされています。

 もうひとりは、テルニ(ローマの北60キロにある町)の司教で270年2月14日、ローマで殉教した聖ウァレンティヌス。彼は、ローマのクラトンという雄弁家の息子が患っていたてんかんの病を治したということから同じく≪てんかん≫の保護の聖人とされています。
 これは、先のローマ司祭殉教聖人ウァレンティヌスの物語です。


 聖ウァレンティヌスは、模範的な司祭だった。皇帝クラウディウス・ゴティクスは、彼を召喚して尋ねた。
 「ウァレンティヌスよ、なぜわれわれの神々をあがめないのか。そうすれば、皇帝であるわたしや宮廷の者たちと親しく交わっていけるではないか?キリスト教のあやまった信仰を棄てよ。」
 聖ウァレンティヌスは、
 「陛下、もしあなたが神の恩寵をご存じになりますれば、そのようなおおせぶりはなさらないでしょう。そして、偽神たちと袂を別かって天におられる真の神をあがめられることでしょう」と、答えた。
そのとき、側近の者が言った。
 「われわれの神聖な神々にたいしてなんという不敬なことを言うのか。」
 聖ウァレンティヌスは、
 「わたしがあなたがたの神について言いうる唯一のことは、彼らがありとあらゆるけがらわしい罪業にみちたあわれな人間であったということだけです」と、答えた。
 クラウディウス・ゴティクスは、
 「キリストが真の神であるのなら、なぜわたしにその真実を話してくれないのか」と、言った。
 聖ウァレンティヌスは、
 「キリストおんひとりが、真の神です。陛下がキリストをお信じになれば、あなたのたましいは救われ、領土は拡大し、すべての敵にお勝ちになります」と、答えた。
すると、皇帝は、側近の者たちに、
 「聞いたか、ローマの諸君。この男の言うことは、なんと立派で賢明なことではないか」と、言った。

 しかし、裁判官は言った、
 「まことに遺憾至極であります。陛下は、だまされておられます。わたしたちが子供のときから信じてきたものをどうして棄て去らねばならないのでございましょう。」

 この言葉を聞いて、皇帝の胸中は、ふたたび一転した。そして、聖ウァレンティヌスは、都長官に身柄をあずけられることになった。

 聖ウァレンティヌスは、長官の家に足を踏み入れた時、
 「真の光であられる主イエズス・キリストよ、お願い申しあげます。この家をお照らしください。そして、この家に住むすべての人たちに御身が真の神であらせられることを聖霊によって悟らせてください」と、言った。

 そのとき、都長官は、
「キリストがあなたの言うようにまことの光なのかどうか、どうもわたしには信じられない。だから、昔から眼が見えないわたしの娘にあなたがまことの神と信じるキリストによって光をあたえてくれることができるものかどうか、ひとつためしにやってみてほしい。もし、キリストにそれができたならわたしは、なんでもあなたの命令どおりにしよう」と、言った。

 聖ウァレンティヌスは、生まれつき盲目の娘のために祈りはじめた。
「聖主よ、『エパタ(開かれよ)』と言って生まれつき盲目の娘をすぐに見えるように癒された御身が、真の神であられることを証明するため、今同じく、私の目の前にいるこの盲目の少女の目を開いて見えるように癒して下さい。・・・救世主イエズス・キリストの聖名によって厳かに宣言します。『娘よ、見えるようになりなさい。』」
すると、娘は、たちまち視力を回復し見えるようになった。

 その後、皇帝は、彼の斬首を命じた。280年頃のことだった。


 ウァレンティヌス( Valentinus ) は、valorem tenens とおなじく、≪聖性という価値を固守する者≫という意味を持つ。また、valens tiro ≪強力な侍臣≫すなわち、キリストのたくましい戦士という意味をも持つ。けっして倒れることなく、敵に打って戦い、ひるまず防御し、勝利をいただく戦士は、強力な戦士とよばれる。
 聖ウァレンティヌスは、けっして拷問から逃げなかった。けっして倒れたり、ころんだりしなかった。偽りの神々を根だやしにして戦った。信仰を強固に守りかためて防御した。また、受難と殉教によって勝利をいただき天に凱旋した。

 ふたりの聖ウァレンティヌスは、しばしば混同し、また同一視されるが、おそらく後者(テルニの司教)のみが実在の人物だろうと推測されている。

 ドイツでは、聖ウァレンティヌスの祝日2月14日を、“運命(不幸)の日”とされているが、アングロ=サクソン国民、とくにアメリカでは、≪セント・ヴァレンタインデー≫として若い男女がささやかな贈り物を交換する。
 この風習は、『この日から野山の鳥たちが、つがいをはじめる』という中世の民間信仰から由来しており、聖ウァレンティヌスとは何ら関係ないと言われている。
 また、一説によると、道行く人たちに修道院の庭に咲いた花を贈ったことから始まったとも言われている。
 さらには、もうひとり別の聖ウァレンティヌスという事績未詳の修道士に由来しているとも伝えられている。





【参考文献】
バルバロ神父訳「聖書」(講談社)
キリスト教美術図典1990年版/柳 宗玄、中森 義宗 編著
Jacobus de Voragine [ Legenda aurea ] ヤコブス・デ・ヴォラギネ「黄金伝説」
訳者:前田敬作・西井 武/発行所:株式会社人文書院


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