マグダラ(マグダレナ)の聖マリア X 1世紀(祝7月22日) F.Marie Madeleine. L.Maria Magdalena.
[伝記]
マグダラの聖マリアは、聖杯伝説(マイケル・ベイジェント他著『レンヌ・ル・シャトーの謎/イエズスの血縁と聖杯伝説』)やロンギヌスの聖槍と共に数々の神秘的伝説にも登場する。例えば、クロヴィスT世から始まるフランス王朝との始祖的系譜的因果関係。クレルヴォーの聖ベルナールとテンプル騎士団、プレウリ・ド・シオン(シオン修道会)とのルーツ的伝説、カタリ(アルビ)派の信仰の擁護者としての伝説的存在。
南フランス地方には黒いマリアの聖母子像をはじめ、マグダラの聖マリアとの関係深い伝説が多い。伝説では、初期キリスト教徒や弟子たちが、アリマタヤのヨセフの所有する船に乗って当時貿易をしていた地中海沿岸都市やスペイン,イギリスへと迫害から逃れるとともに宣教したと言われ、マグダラの聖マリアも南フランスの地に来たとされる。
オック地方や南西地方には、要塞都市カルカッソンヌなどもある。
この地域は、古くからバニュルス・カオールをはじめワインの産地でもある。聖地ルルドもこの付近にある。フランスは、カトリック教会の長女と譬えられているのはマグダラの聖マリアのゆえだろうか?
[図像]
特別な持ち物は、キリストの足を洗った香油壷。修道の生活に入るとエジプトの同名聖女のように苦行者に変わり、十字架像、どくろを持ち物とする長髪姿となる。着衣の色は愛と悲しみを表わす赤、誠実を示す青が一般に用いられる。
香油を持つ型と懺悔型とあるが、前者は中世に、後者は反宗教改革期のバロックに好んで表現された。しかし、ルネサンス以降、これらの表現は次第に宗教性をうすめていった。
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