マグダラ(マグダレナ)の聖マリア


リベーラ「後悔するマグダラの聖マリア」
リベーラ「痛悔するマグダラの聖マリア」


マグダラ(マグダレナ)の聖マリア
X 1世紀(祝7月22日)
F.Marie Madeleine. L.Maria Magdalena.


[伝記]
 西方の宗教美術ではルカの福音書(7:36以下)のイエズスの足に香油を塗り、自分の髪で拭った「罪深い女」とヨハネの福音書11:2以下)のべタニアのマルタの妹で兄弟ラザロの蘇生を見たマリアとルカの福音書(8:2)に記述された悪霊つきの「マグダラの女」とが混同されている。東方教会は三者を別人とみなした。娼婦に身を堕したマリアをマルタは、イエズスに引き合わせた。彼女の中に住む七つの悪霊は、キリストの力で駆逐された(ルカ8:2)。師の布教に同行し、その昇天後、ラザロやマルタらと共に迫害を受け、漂流の末ようやくマルセイユに上陸、同地方に伝道。彼女は近郊の不毛の地に孤独の修道生活をして30年間同地にとどまった。彼女の奇跡としては、プロヴァンスの異教の王子が子供を欲して彼女に祈り、聖地へ赴く途中死産した妻子を海岸に葬ったが、2年後帰郷の際、先の埋葬場所を訪ねると、妻子とも蘇ったので彼女のもとで受洗した話がある。後悔した女の守護聖女で、ブロヴァンスおよびマルセイユの守護者。

 マグダラの聖マリアは、聖杯伝説(マイケル・ベイジェント他著『レンヌ・ル・シャトーの謎/イエズスの血縁と聖杯伝説』)やロンギヌスの聖槍と共に数々の神秘的伝説にも登場する。例えば、クロヴィスT世から始まるフランス王朝との始祖的系譜的因果関係。クレルヴォーの聖ベルナールとテンプル騎士団、プレウリ・ド・シオン(シオン修道会)とのルーツ的伝説、カタリ(アルビ)派の信仰の擁護者としての伝説的存在。
 南フランス地方には黒いマリアの聖母子像をはじめ、マグダラの聖マリアとの関係深い伝説が多い。伝説では、初期キリスト教徒や弟子たちが、アリマタヤのヨセフの所有する船に乗って当時貿易をしていた地中海沿岸都市やスペイン,イギリスへと迫害から逃れるとともに宣教したと言われ、マグダラの聖マリアも南フランスの地に来たとされる。
 オック地方や南西地方には、要塞都市カルカッソンヌなどもある。
この地域は、古くからバニュルス・カオールをはじめワインの産地でもある。聖地ルルドもこの付近にある。フランスは、カトリック教会の長女と譬えられているのはマグダラの聖マリアのゆえだろうか?


[図像]
 特別な持ち物は、キリストの足を洗った香油壷。修道の生活に入るとエジプトの同名聖女のように苦行者に変わり、十字架像、どくろを持ち物とする長髪姿となる。着衣の色は愛と悲しみを表わす赤、誠実を示す青が一般に用いられる。
香油を持つ型と懺悔型とあるが、前者は中世に、後者は反宗教改革期のバロックに好んで表現された。しかし、ルネサンス以降、これらの表現は次第に宗教性をうすめていった。


マグダラ(マグダレナ)の由来は、こちらです。

マグダラの聖マリアとマグダラ(マグダレナ)の由来




【参考文献】
バルバロ神父訳「聖書」(講談社)
キリスト教美術図典1990年版/柳 宗玄、中森 義宗 編著
Jacobus de Voragine [ Legenda aurea ] ヤコブス・デ・ヴォラギネ「黄金伝説」
訳者:前田敬作・西井 武/発行所:株式会社人文書院


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