トゥールーズの聖ルイ


シモーネ・マルティーニ「トゥールーズの聖ルイ(祭壇部分画)」
シモーネ・マルティーニ「トゥールーズの聖ルイ(祭壇部分画)」


アンジュー,トゥールーズの聖ルイ
(イタリア語:ルドヴィコ)
X1274〜97(祝8月19日)
F.Louis, d'Anjou. L Ludovicus episcopus Tolosanus.


[伝記]
 ナポリ王シャルルU世の第2子。フランス王ルイ[世の孫に当たる。父王がアラゴン王の捕虜[シチリアの晩鐘事件(1282)]となるや、14歳の彼は人質とされ、その間に宗教生活に志し、1294年自由となると王権を弟に譲って2年後聖フランチェスコ会に入り、間もなくトゥールーズ司教に任命された。新任地まで修道士の服装をして裸足で歩いた。1297年23歳の若さで夭折。早くも同年列聖。初めマルセイユに、ついでその遺骨は、1433年アラゴン王によってバレンシアの聖堂へ移された。
トゥールーズ,マルセイユ,ナポリおよびバレンシアの守護聖人。


[図像]
 若い司教として表現される。シモーネ・マルティー二の祭壇画に描かれているトゥールーズの聖ルイは、聖フランチェスコ会の茶色で粗織りの修道服衣の上に、大外衣(カッパ)[フランス国王の血統を示す金の百合の花を散らした]祭服を着用。司教冠をかぶり、二天使がナポリの王権の象徴である王冠を捧げ持つ。そして、右手に司教杖を持ち、左手に弟に譲った王冠(天使が捧げ持つ)を持って、それを寄進者のポーズでひざまずく弟ロベールの頭にかぶせようとしている。祭壇画の形式は、ユ二ークで周囲にはアンジュー家の百合の紋章がちりばめられ、この絵の下には聖人の生涯五つの物語を描いたプレデッラ(裾画、多翼祭壇画下部縁取り部分に描かれた絵)がある。この作品はナポリ王位を継承したロベール・ダンジューが、兄の列聖を機に王権取得の正統性を主張するためにシモーネ・マルティーニに制作させたと推測される。全体の構成にはアルカイック〔古風・峻厳(しゅんげん)〕な感じがあり、キリストが帝冠を授けるビザンティンの図像様式を連想させる。
 聖フランチェスコ聖ボナヴェントゥーラハンガリーの聖エリサベトなどと共に描かれる画像もある。






【参考文献】
バルバロ神父訳「聖書」(講談社)
キリスト教美術図典1990年版/柳 宗玄、中森 義宗 編著
Jacobus de Voragine [ Legenda aurea ] ヤコブス・デ・ヴォラギネ「黄金伝説」
訳者:前田敬作・西井 武/発行所:株式会社人文書院
世界美術大全集/石鍋真澄 解説 他

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