聖ドミニコ(ドミニクス,ドミンゴ) X1170頃〜1221(祝8月8日)
L. Dominicus. S. Domingo de Guzmam.
[伝記] 聖ドミニコ修道会(説教者兄弟会)の創設者。スペインのカスティリヤ地方カレルエガ、貴族グスマン家出身。フランスやイタリアに布教。トゥールーズでアルビ派の異端者を改宗させたのち、プルイユを基盤に使徒時代の貧しさをもって説教し、真理を広めるように養成される司祭たちの特別な集団が必要であることを確信するようになる。1216年ホノリウスV世により説教者兄弟会の創設を裁可され、以後同修道会の指導に当たる。
聖ドミニコはもともと祈りと勉学の人で、人々の霊魂の救いに対して燃える熱心を持っており、これらの特徴は、聖ドミニコ会の消すことのできない印として押したものである。また、ロザリオによる祈祷を創始した。誕生のとき、生母が額に星をいただく子供と黒白のまだらの犬が口に松明(たいまつ)をくわえて現れる夢を見る。この伝説は「神の犬;Dominicanis」の語呂合わせにもとづく。 1203年頃トゥールーズで布教のとき、異教の書と聖書とを火中に投じて聖書の不朽性を証明。教皇インノケンティウスV世の夢に、崩壊寸前のラテラノ大聖堂を支える聖人として出現。その他ガロンヌ川で難破した巡礼団を救う話。落馬して死んだ青年ナポレオーネ・オルシニ(枢機卿ステファノ・ディ・フォッサヌオヴァの甥)を蘇らせた話。猿に化けて誘惑する悪魔を懲らしめた話。ローマで3本の矢を持つキリストの幻影を見、それを自負と貧欲と色欲への警告と解した話。食物不足に苦しむローマ聖シクストゥス会修道士たちのために祈ると、二つの籠一杯に食物を詰めた2天使が現れた話。1221年8月6日、ボローニアで帰天。臨終の時キリストと聖母が、二つの梯子を支えて彼の霊を天国へ迎えた。 1234年親友であった教皇グレゴリオ\世により死後10年で列聖された。1530年ソリアーノの聖ドミニコ会の一修道士が、マグダラの聖マリアとシエナの聖カテリナを伴った聖母の夢をに見る。彼女からドミニコの肖像を授けられ、目覚めると現実にその肖像画をもっていることを知ったという話など、多くの奇跡が彼に関して存する。聖マルティヌスとアッシジの聖フランチェスコと共に、中世末以来最も人気があった。
[図像]
苦行と清浄の象徴として黒の外套に白衣をまとう。頭髪は周縁のみを冠状に残してあとは剃り落し、有髯である。手に一書を携え、アッシジの聖フランチェスコやパドバの聖アントニウスのように白百合の枝(純潔)を持つ。独特な持ち物は額に光る赤い星と黒白まだらの犬でこれに中世末以来、聖母から授けられたというロザリオが加えられる。
「キリストへの嘲笑」図は、マテオの聖福音書27章を主題とした紋章・象徴的図像表現を構成している。聖ドミニコは、座して聖書をひもとき、贖罪主の嘲弄の御受難を観想している。
総督の兵卒たちは次のようにあざけった。
(1)イエズスの服を剥いで
(2)赤い(緋の)がいとうを着せ
(3)茨の冠を編んで頭にかぶせ
(4)右手に葦竹を持たせ(笏杖→王笏)
(5)キリストの前にひざまずいて、
「ユダヤ人の王よ、あいさつ申します」
とあざけった。(左手に黄金の玉)
(6)目隠しして、あざけり、なぐり、
「当ててみろ、おまえを打ったのはだれだ」
と聞き、・・・侮辱の言葉を浴びせた。
《ルカの聖福音書-22:63,64-》
(7)つばを吐きかけ
(8)手の葦竹を取って頭を打った |
聖主の御言葉(聖ドミニコへ真理の啓示)
「私がやみの中で言うことを、あなたたちは明るみで言え。耳をあてて聞くことを屋根の上から知らせよ。」
(-マテオの聖福音書10:27-)
聖母マリアから聖ドミニコへの御言葉 「いつかある日,ロザリオとスカプラリオによって私は世界を 救うでしょう。…」
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