偉大な童貞殉教聖女クリスティナの奇蹟




童貞殉教聖女クリスティナ
X287年頃(祝7月24日)
St.Christina (I.Cristina. di Bolsena. L Cristina.)


[伝記]
 聖女クリスティナは、イタリア,テュルスの町に生まれ、両親はトスカナ地方ボルセナの貴族だった。父は、聖女を12人の侍女と一緒にひとつの塔の中に閉じ込め、金や銀で鋳造された神々の守りをさせた。器量のよい娘で求婚する男性が多かったけれど両親は、誰へも嫁がせず生涯神々に仕えさせようとした。
 しかし、聖女は、聖霊によって教えられ、いつわりの神々に仕えることを拒み、神々に捧げるはずの香を塔の窓のどこかに隠してしまった。父親が、塔にあがって来ると侍女たちは、
 「お嬢さまは、神々に供物を捧げようとなさらず≪わたしは、キリスト信者です≫と、言っておられます」と、告げ口した。父は、娘にふたたび神々を礼拝させようとやさしい言葉をかけた。しかし、聖クリスティナは、
 「わたくしをお嬢などと呼ばず、あらゆる栄誉を捧げるにふさわしい御方の娘と呼んで下さい。わたくしが香をささげる御方は、存在しない神々ではなく、真に生きて天におられるただおひとりの神さまなのですから」と、言った。父親は言った、
 「お嬢や、ただおひとりの神さまにだけ香をそなえるのはよくないな。ほかの神々のお怒りをまねくことになるかもしれんのでな。」
 聖クリスティナは答えた、
 「お父さまは、本当のことをご存じないので、そんなことをおっしゃったのでございましょう。ほかの神々は、まことの神によって造られた天使のうちのだれかか、神に反逆した堕天使たちか、人間によって考えだされた想像上の存在しない神々です。わたくしは、真に生きておられる唯一の神、おん父とおん子と聖霊にわたくしの供物を捧げているのです。」
 「お三柱の神さまがたを拝むのなら、どうしてほかの神々も拝まないのだね。」
 「お三柱ではなく三つの位格を持ち、その三つが合一してひとつの神さまでいらっしゃるのです。」
 こう言ったあと、聖クリスティナは、席を立って出ていき父の崇める神々の金や銀の像を壊し、その金銀を貧しい人たちに与えた。
 父親が礼拝しようとやって来たが、神々がどこにもなかった。侍女たちは、
 「お嬢さまが壊されたのです」と、言った。
 父親は、これを聞くと、娘の着ている衣服を脱がせるように侍女たちに言いつけ、神前にすえて奴隷鞭で鞭打ち、その後、12人の男たちに聖女クリスティナを好きなだけ殴らせた。やがて、さすがの男たちも力尽きへとへとになってしまった。その様子を見た聖クリスティナは、
 「恥も外聞もないこのようなお仕打ちに神さまもお怒りなのでございましょう。ごらんなさい。わたくしを打った男たちは、既に力尽きております。それでもまだ気がおさまらず羞恥心を感じなければ、この男たちにもう一度力を授けて下さるようあなたの神々にお祈りなさい」と、父に言った。父親は、すぐさま娘を鎖でしばって牢に閉じ込めた。一部始終を聞いた母親は、着ている服を引き裂き、急いで牢へ出かけて行った。そして、娘の足もとに身を投げた。
 「クリスティナや、お嬢や、わたしの眼の光よ、母をかわいそうだと思っておくれ。」
 聖クリスティナは、
 「どうしてお嬢などとおっしゃるのです。わたくしの名前が、わたくしの神様の聖名からきていることをご存じないのですか。父が、神々に仕えるのなら私は、私に名前を授けた真の神さまに仕えます」と、答えた。
 母は、娘を説得させることはもうできないとあきらめ、夫のもとに帰って娘の答えたとおりを報告した。それを聞くと、父親は、娘を公開裁判にかけ、みずから裁判官の席に座った。
 聖クリスティナを召し出して、
「神々に香をささげなさい。いやだと言うならひどい責め苦に合わせもう娘とは呼ばないぞ!」と、言った。
 聖クリスティナは答えた、
 「もうわたくしを悪魔の娘とお呼びにならないのは、大変なお慈悲ございます。なぜなら、悪魔から生まれた者は、やはり悪魔であなたは、悪魔の父なのですから」と、答えた。
 それを聞いた父親は、娘の肉を釘でずたずたに引き裂かせ、きゃしゃな手足を折らせた。それでもなお聖クリスティナは、まだ折られていない手の方を動かし、自分のそがれた肉のひときれを拾い上げ、父の顔めがけて投げつけ、
「さあ、この悪魔、自分が生んだ子の肉を食べるがよい」と、言った。
 父親の怒りはとどまる所を知らず残虐とむごたらしさはさらにエスカレートし、人間の情とは理性を飲み込むと、これほどまで極悪非道の悪魔の化身にまで至るのかと思うほどの極みに達し、今度は娘を裸のまま車輪に縛りつけて下から油で火をつけさせた。ところが、炎は、横のほうに走ったため、観衆千五百人ばかりの人たちが焼き殺された。父親は、これはみな魔術の仕業だと思い、娘を再び牢に閉じ込めさせた。そして、
 「夜になったら首に大きな石臼をくくりつけてボルセナ湖に投げ込め」と、部下たちに命じた。
 部下たちは、言われたとおりに石臼の穴に聖女の頭を通し首にくくりつけ、舟に乗せてボルセナ湖の中ほどで舟を転覆させたが、ただちに天使たちがあらわれて乙女の体を水に沈まないようにした。石臼は、救命ブイのように湖上に浮きあがった。そして、キリストおんみずから聖女のもとにご降臨になり、
 「わたしのおん父である神と、その子イエズス・キリストであるわたしと、聖霊の聖名において、あなたに洗礼をほどこす」と、言って海の水で彼女に洗礼をさずけられた。
 そして、聖クリスティナを大天使聖ミカエルにゆだねられると聖ミカエルは、聖女を再び陸地に導いた。父親は、これを聞くと己の額を打ちつけながら、
 「海の上でも術がきくとは、いったいどんな魔術を使ったのか。」
 聖女は答えた、
 「まだ、おわかりにならないとは!このお恵みは、生ける真の神、キリストさまからさずかったのです。」
 その後、父は娘を牢に入れて、
 「朝になれば首を刎ねよ」と、命じた。
 ところが、その夜のうちに父親であるウルバヌスの方が先に死んでしまった。父親の後任は、ディウスという名前の悪辣無慈悲な裁判官だった。拷問は一層激しくなった。この男は、鉄でつくったゆり籠に油と松脂(まつやに)と歴青(チャン)を入れて燃やし、その中に聖クリスティナを寝かせて早く焼けるよう4人の男たちにゆり籠をゆさぶらせた。ところが神は、洗礼を授けて生まれかわったばかりの聖クリスティナをゆり籠の中の赤ん坊のようにゆらせようと約束された。裁判官は、かんかんに腹をたて聖女の頭を剃らせて素裸で市中を引き回し、アポロの偶像神前まで引いていかせた。アポロ神殿に着くと聖クリスティナは、
 「砕けよ!」と、神像に命じた。たちまち神像は、こなごなに砕け散った。裁判官は、これを聞くやいなやびっくり仰天したまま息絶えてしまった。
 その後任になった三人目の裁判官は、ユリアヌスであった。彼は、燃えさかる大きな炉を用意させ聖クリスティナを投げ込ませた。聖女は、旧約の義人ダニエルの仲間シャドラク(アナニア),メシャク(アザリア),アベド・ネゴ(ミザエル)たちが、燃えさかる火のかまどの中で守られ救われたごとく、炉の中に五日間いて火傷(やけど)ひとつしないまま天使たちと一緒に炉の中を散歩したり、歌をうたったりしていた。裁判官ユリアヌスは、これは魔術にちがいないと思った。
 燃えさかる炉から出された聖クリスティナを待っていたのは、まむし2匹とやまかがし2匹、さらに別の種類の毒蛇2匹だった。毒蛇たちをけしかけ聖女に咬みつかせようとしたが、まむしは、聖女の足をなめ、やまかがしは、咬みつきもしないで乳房にぶらさがり、別の毒蛇は、首のあたりに巻きついて聖女の汗をなめてとった。ユリアヌスは、これを見ると魔術師にむかって、
「おまえも魔術師のはしくれではないか。蛇どもをけしかけよ」と、命令した。
 魔術師は、蛇をけしかける呪文をとなえた。ところが、蛇どもは、魔術師めがけてとびかかりたちまち咬み殺してしまった。そして、聖クリスティナが命じると蛇たちは、すごすごと荒野に去っていった。その後、聖女は、死んだ魔術師をよみがえらせた。
 最後にユリアヌスは、聖女の乳房を切り取らせた。なんと、傷口から血ではなく、乳が流れてきた。さらに、聖女の舌も切り取らせた。それでも聖女は、ものを言うことができた。そして、切り取られた舌を拾い上げると、裁判官ユリアヌスの顔に投げつけた。舌は、裁判官の眼にあたり、たちまち彼の眼が見えなくなった。逆上した彼は、矢を射らせたが、射った二本の矢はすべてはね返り、処刑者の喉を射った。
 ついには、聖女の頭蓋が砕かれペンチで脳味噌を抜きとられ、わずか12歳をもって殉教した。こうしてようやく聖女の霊は、天主のみもとへ旅立ち永遠に憩うことができるようになった。
 主の紀元287年頃(祝7月24日)、ディオクレティアヌス帝の時のことだった。聖女クリスティナの遺体は、チヴィタヴェッキア(ローマの北60キロ、ティレニア海にのぞむ古い港町。『赤と黒』の作家スタンダール[1783〜1842]は、1831年以後この町に領事として駐在していた。ヴィテルボは、その東45キロのところにある町)とヴィテルボとの間にあるブルセヌム(現ボルセナ。正確な地理的説明をするとボルセナは、ヴィテルボの北28キロ、ボルセナ湖の西岸にある)と呼ばれる城に眠っている。当時この城にあった塔は、いまは破壊されて姿をとどめていない。
 4世紀以来、ボルセナ町で聖女の墓が崇敬され、11世紀には墓の上に名儀教会が建てられた。1880年の発掘によって実在の人物であることが確証された。
 クリスティナ(Christina)とは、chrisam(聖油)をそそがれたひと(油注がれた者)を意味する。聖女の品行には、芳香を放つ香油。聖女の心の中には、信心という聖油。口の中には、あらゆる聖寵という祝福があった。キリストの女性形名詞と神の聖名に冠した聖女の殉教は、悪人が考え出す拷問刑のあらゆる辱(はずかし)めと苦痛を乗り越えてはるかに高貴だった。

 おそらく3世紀末ディオクレティアヌス帝のときに殉教しているが、その殉教の子細は、全然伝わっていなかったため、テュロスの同名殉教聖女の事跡をそのまま借用して殉教物語がつくられたとされる。さらにテュロス(ラテン語ではテュルス)は、ボルセナ湖畔にあった町の名ということになり、祝日もおなじ日とされた。ボルセナ、パレルモ(シチリア島)、トルチェロ(ヴェネツィアの北)の守護者、弓の射手、粉屋、船員の保護の聖人。ドイツの下ライン地方でも崇敬されているが、こちらは、この地方の同名殉教聖女と混同したとされる。
 画像では、棕櫚をもつ若い娘、ゆり籠、鉄灸、いしゆみ、二本の矢、石臼、蛇、車輪、釘、かまど、炉、薪火、やっとこ、鋏(いずれも責め具)などとともに描かれている。ラヴェンナのサンタポリナーレ・ヌォーヴォ教会のモザイク壁画に聖女とおぼしき人物が描かれている。




【参考文献】
バルバロ神父訳「聖書」(講談社)
キリスト教美術図典1990年版/柳 宗玄、中森 義宗 編著
Jacobus de Voragine [ Legenda aurea ] ヤコブス・デ・ヴォラギネ「黄金伝説」
訳者:前田敬作・西井 武/発行所:株式会社人文書院


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