聖女カエキリア(セシリア,チェチーリア) 2〜3世紀頃 X(225年or220年頃,祝11月22日) St.Caecilia (Caæcilica)
[伝記]
ラテン教会の四大殉教童貞聖女の1人。ローマの貴族出身。
伝説によると,早くから童貞の誓いをたて,ウァレリアヌスに嫁いでからも,天使が出現したらという条件で,この誓いをゆるされる。夫も彼の弟ティブルティウスと共に改宗して洗礼から帰宅すると,天使が現われ百合の冠を妻へ,ばらの冠を夫へかぶせた。以来夫婦ともに福音を伝えるため働いたがウァレリアヌスは、ティブルティウスと共に捕えられ処刑された。聖女の富をねらう総督は、偶像礼拝をすれば解放すると伝えたが拒んだため処刑される。斬首のさい三度とも首に傷がついただけで助かり、ようやく3日後に富を貧者に施したのち殉教した。同地に聖チェチーリア・イン・トラステーヴェレ聖堂が建てられた。1599年、同聖堂が修復されたとき、石棺が開かれて横臥の聖女の遺体が発見され、それに従ってマデルナの彫刻が制作された。
聖女カエキリア(チェチリア,チェチーリア,セシリア:Caecilia )とは、coeli lilia≪天の百合≫または、caecisvia≪盲人たちの道≫ 、あるいは、coelum ≪天≫とlya ≪働く人≫とから由来している。または、caecitate carens ≪分別を忘れぬひと≫、coelum ≪天≫とleos≪民≫から由来している。聖女は、乙女の恥じらいをもっていたから≪天の百合≫であった。あるいは、純潔という無垢の色と良心という輝きに優れた誉れという芳香をもっていたゆえに百合とよばれた。また、よき手本をしめすことによって≪盲人たちの道≫となった。≪働く人≫とよばれたのは、たゆむことなく善行につとめたからである。さらに、≪天≫と言われるのは、聖イシドルスによると、天は回転し、円く、火と燃えていると古代の哲学者たちが言っているからである。それとおなじように、聖カエキリアも、たえず行動したからよく回転し、大きな忍耐心をもっていたから円く、天上への愛をもっていたから火と燃えていた。さらに、知恵という輝く光をもっていたので≪分別を忘れる≫ことがなかった。聖女が≪民の天≫と呼ばれたのは、天を見あげた時と同じように、人びとは聖女のなかに太陽と月と星をあまねく照らす叡智と信仰の大度と数かぎりない美徳を見、それを手本にしたからである。
童貞聖カエキリアは、ローマの高貴な家柄に生まれ、幼いころからキリスト教の教育を受けた。いつも福音書を肌身はなさず隠し持って神との語らいと祈りを欠かさず、≪どうか乙女の純潔をいつまでもお守り下さい≫と祈っていた。やがて、ウァレリアヌスという名の青年と婚約させられることになった。いよいよ婚礼の日を迎え、あでやかな金の縫いとりをした花嫁衣装をまとったが、その下には馬の粗毛の苦行衣を肌着にしていた。楽器のしらべが鳴り響いている間、聖カエキリアは、ひたすら心を主に向けて讃歌を歌い、
「主よ、わたくしが破滅しないようにこの心と身体をいつまでも無垢のままお守り下さい。≪私の主に神のみことば。『私の右に座れ、私は、敵をあなたの足台としよう』 主は、あなたの力ある笏を、シオンからひろめられる。あなたの敵をおさめよ。 主権は、あなたのもの、あなたの生まれた日から、母のふところから、あなたの若さのはじめから、聖なる山の上で。 主は、そう誓われた、悔いることはあるまい。 『あなたは、永遠の司祭、メルキゼデクの位にひとしく』。 主は、あなたの右に立ち、おん怒りの日、王たちを打ちひしぐ。 主は、異邦の民をさばき、屍(しかばね)をるいるいと重ね、地上遠くまで頭をくだかれる。 主は、道ばたの小川から水を飲み、そのために、ふたたびこうべを高く上げられる。 父と子と聖霊とに栄えあらんことを はじめにありしごとくいまもいつも代々に至るまで、アーメン。 王がそのへやにおられるとき、私のナルドはゆかしく香った。 かれの左腕は、私の頭の下、そして右腕で私をだいている。・・・主なる神よ、しもべである私たちを、心も身もともに、いつまでもすこやかであるようにされ給え。また、終世処女であるマリアの栄えあるおん取りつぎによって、私たちに、この世の悲しみをのがれさせ、永遠のよろこびを楽しまさせ給え。神として、聖霊との一致においてあなたとともに代々に生き、かつ治められる私たちの主イエズス・キリストの聖名によりて、アーメン。≫(詩篇110篇と聖務日課の晩課抜粋)」と、祈って神のみ旨を理解した。
こうして、二〜三日の間、斎食と祈りを続け、自分の不安をすべて主なる神にゆだねた。とうとう夜になり夫との初夜を迎えるためいっしょに寝室へ入り二人だけになった。聖女は、夫にこう語りかけた、
「あなたに打ち明けなくてはならないある秘密がございます。でも、それをけっして他言しないと誓約していただきたいのです。」
ウァレリアヌスは、どんな事情があっても他言しないし、どんな理由があっても洩らさないと誓った。それから、聖カエキリアは、
「わたくしには、好きなかたがひとりあります。そのかたは、天から降りてこられた御使いなのです。この御使いは、わたしのからだを厳重に守護してくださっています。ですから、あなたがみだらな愛にかられてわたくしのからだにおふれになることがそのかたに知れますと、そのかたは、あなたをお打ちになり、あなたの美しい青春の花は台なしになってしまいましょう。けれども、あなたが清らかな愛でわたくしをいつくしんでくださるとわかれば、御使いは、わたくしを愛してくださるとおなじようにあなたをも愛してくださって、あなたにその栄光をおしめしになることでしょう」と、言った。
これを聞いたウァレリアヌスのこころは、神のおはからいで一変した。彼は、
「きみの言うことがほんとうなら、その御使いとやらに会わせてくれないか。そして、天の御使いであることがほんとうにわかれば、きみの求めることはなんでも実行しよう。けれども、もしきみがほかの男性を愛しているとわかれば、きみもその男もこの剣で息の根をとめてやるからな」と答えた。
聖カエキリアは、
「あなたが、まことの神をお信じになり洗礼を受けると約束してくださるのでしたら、御使いにお会いになれましょう。アッピア街道と呼ばれている道を市門から出て三つ目の道しるべのあるところまでお歩きになり、そこで見つかる貧しい人たちに、『カエキリアに言われて、あなたがたをお訪ねしました。ウルバヌスさまというご老人(教皇ウルバヌスT世在位222〜230年)は、どちらにいらっしゃいますか。そのかたに内々でご相談したき事がありますのでお目通りをよろしくお願いいたします』と、おっしゃってください。ウルバヌスさまにお会いになりましたらわたくしが申しましたことをおっしゃってください。そうすれば、あなたは、清めていただけます。そのあと、お帰りになられてからは、必ずや御使いをご覧になれるでしょう」と言った。
こうしてウァレリアヌスは、家を出て教えられた目じるしの通りに行くと殉教者たちの墓のそばに身をひそませていた司教聖ウルバヌスを見つけた。ウァレリアヌスが、聖カエキリアの言葉を伝えると聖ウルバハヌスは、両の手を天にあげはらはらと涙しながら、
「主イエズス・キリストさま、清らかな教えの種子をお蒔きになるおん者よ、あなたがカエキリアのなかにお蒔きになりました種子の実をここにお受けとりください。よき牧者であられる主イエズス・キリストさま、あなたの婢女(はしため)カエキリアは、たくみな蜜あつめの蜂としてみごとあなたにお仕えいたしました。なぜなら、カエキリアは、あらくれ獅子としていどみかかってきた花婿を敬虔な小羊に変えてあなたのもとに送ってまいったからでございます。」
そのとき、不意に雪のように白い衣をまとったひとりの老人があらわれた。手には、金文字で書かれた一冊の書物をもっていた。ウァレリアヌスは、この老人を見るや、怖ろしさのあまり死んだようにその場にたおれた。老人が抱き起こしてくれたので、その書物に書かれている文字を読むことができた。
「唯一なる神、唯一なる信仰、唯一なる洗礼、 唯一なる神にして万人の父。このおん者は、すべてのものの上に、すべてのものを通して、われらすべての者の中にまします」と、書かれてあった。ウァレリアヌスが読みおわると、老人はたずねた、
「ここに書かれていることをそのとおりだと信じますか。それとも、まだ疑っていますか。」
ウァレリアヌスは答えた、
「天が下に、これ以上信じるにあたいする真実はありません。」
老人の姿が消えると、ウァレリアヌスは、聖ウルバヌスから洗礼を受けた後、家に帰った。みると、聖カエキリアは、部屋で天使と語りあっていた。天使は、薔薇の冠と百合の冠を手に持ち、聖カエキリアに百合の冠を、聖ウァレリアヌスに薔薇の冠を与えて、
「この薔薇と百合の花冠を心の清らかさと肉体の純潔とをもって守りつづけなさい。わたしは、二つの冠を神の楽園から運んで来ました。この花冠は、けっして枯れることがなく、匂いも消えることがありません。しかし、この花冠は、だれにも見えません。純潔をえらびとった者にしか見えないのです。ところで、ウァレリアヌスよ、あなたは、よき忠告に従いました。なんでも望みのものを言ってごらんなさい。それをかなえてあげましょう」と、言った。聖ウァレリアヌスは、
「わたしには、実の弟の愛よりもうれしいものはありません。弟もわたしと同じように真実を知るようになってくれたらと願っております」と、答えた。天使は言った、
「あなたの願いは、神の聖心にかなうものです。それゆえ、あなたがたふたりは、殉教の棕櫚の枝を持って主のおそばに行くことになりましょう。」
しばらくすると、聖ウァレリアヌスの弟のティブルティウスがその部屋に入って来て、すばらしい薔薇の香りがただよっているのに気づいて、
「この時節に薔薇と百合の香りがただよって来るとは、不思議ですね。たとえぼくが薔薇と百合の花を手にここへ入って来たとしても、こんなにすばらしい香りを部屋じゅうにまき散らすことはできないでしょう。なんだか気分がうきうきしてきましたよ。まるで別人になったような気がするほどです」と、言った。聖ウァレリアヌスは、
「ぼくたちは、花冠をもっているんだよ。これは、きみの眼には見えないが、美しい色をしていて純白なんだ。ぼくが、神さまにお願いしたのできみにもその香りがわかったのだが、同じようにきみも神さまを信じるようになったら、花冠を見ることもできるよ」と、答えた。ティブルティウスは、
「兄さん、これは、夢の中の話なんだろうか。それとも、ほんとうに兄さんが話しているのだろうか」と、言った。聖ウァレリアヌスは、
「ぼくたちは、これまで夢のなかにいたんだよ。しかし、これからは、真実のなかに住まわなくてはいけないんだ。」
ティブルティウスは、
「兄さんは、どこでそんなことを教えてもらったのですか」と、言った。
聖ウァレリアヌスは、
「主の御使いに教えてもらったんだよ。きみも洗礼によって清めてもらい偽神たちを拝むことをやめたら御使いを見ることができるよ」と、答えた。
この薔薇の花の奇蹟については、聖アンブロシウスも『序文』のなかで、
「聖女カエキリアは、聖寵に満ちていたので、殉教者の棕櫚を手に入れた。聖女は、現世と肉の快楽を疎んじた。聖女の夫聖ウァレリアヌスとその弟聖ティブルティウスがキリスト教に改心し、信仰を告白したことは、その証しである。主よ、あなたは、彼らに天使の手を通じてかぐわしい花の冠をお授けになりました。こうして、ふたりの男たちは、ひとりの乙女によって栄光の国にみちびかれ、世の人々は、純潔への愛がどれだけの力をもつかを知ったのでした」と、証言している。
それから聖カエキリアは、すべての偶像神は感情も感覚ももっていないし、口をきくこともできないということをはっきりと説きあかしてみせた。ティブルティウスは、
「そのことを信じない人は、畜生も同然ですよ」と、答えた。
聖カエキリアは、これを聞くと、ティブルティウスを胸にだいて、
「今日こそ、わたくしは、あなたをほんとうの弟とよぶことができます。神への愛が兄さんをわたくしの夫(浄配)とするように偽神たちに対するさげすみが、あなたをわたくしの弟にするからです。身も心も清めていただくために兄さんといっしょに行ってらっしゃい。そうすれば、御使い(天使)のお顔を見ることができるのです」と、言った。
ティブルティウスは、兄にたずねた。
「兄さん、ぼくをだれのところへつれていくのか教えてください。」
聖ウァレリアヌスは、
「司教の聖ウルバヌスさまのところへ行くのだよ」と、答えた。
ティブルティウスは、
「兄さんのおっしゃるのは、なんども有罪の宣告を受けながらいまも地下の墓地に住んでいるあのウルバヌスのことではありませんか?あの人は、見つかったら最後、火あぶりにされるに決まっています。そして、ぼくたちもその火の中に一緒に投げ込まれますよ。天にかくれていらっしゃる神を探し求めたばかりに地上に燃えさかっている人間どもの狂った劫火の犠牲になりますよ」と、言った。
そこで、聖カエキリアは、
「もし、この世の生活しかないものでしたらそれを失うことを怖れるのは、当然のことでしょう。しかし、もうひとつ別の生活があることを知っておいた方が良いのです。それは、現世の生活よりはるかにすばらしくて決して失う心配がないのです。そのことをわたくしたちに教えてくださいましたのは、真に生きておられる神から来た救い主なのです。この世の森羅万象、創造されたすべてのものは、神の≪言葉≫によってお造りになられたものなのです。そして、造られたすべての人は、神から来た聖霊によって霊の生命を吹き込まれるのです。そのために、救い主キリストは、この世にご降臨になられ、ご自身が創造主であり、父なる神の御独り子であり、救世主であることを宣言され、聖霊を私たちに送ることを約束されました。また、お言葉と奇蹟の御業によってもうひとつ別の生活があることをわたくしたちに教えてくださったのです」と、証明をされた。
すると、ティブルティウスは、
「姉さんは、神さまはひとりしかいらっしゃらないと言いながら、今度はまたどうして三人もいらっしゃるような話をなさるのですか」と、言った。
聖カエキリアは、これに答えて、
「人間の知恵には、理性と記憶と知性という三つの特性があるのと同じように神というひとつの本質の中には、三つのペルソナ(お顔:位格)があるのです。自然界には、神の本質を表現するものが存在します(それらを照応とか類比とか呼びます)。例えば、状態の変化によって水は、固体のとき≪氷≫と呼ばれ、液体のときは≪水≫と呼ばれ、気体になれば≪水蒸気≫と呼ばれますが、本質は同じ水(アクア)なのです。あるいは、ひとつの家族を例えにとれば、父と妻と子供のあるひとりの家長である男の人は、立場によって父からは≪息子≫と呼ばれ、妻からは≪夫≫と呼ばれ、子供からは≪父≫と呼ばれます。しかし、その本質は同じひとりの男の人です。それから、生きて働いておられる真の唯一の神は、人間を見ることができます。神の似姿、象(かたど)りにしたがって人間を創造されたからです。言葉によって宇宙を創造されたのですから何一つできない事はありません。しかし、人間には神を見ることも神の言葉を理解して聞くこともできません。なぜなら、人間の祖先は、罪を犯したことによってはじめの恩寵の状態を失い、聖なる神を見たり聞いたり会話したりする霊が死んでしまったからです。そこで、神ご自身が、人間の身体をとって人間に見えるように人間の言葉を話す必要があったのです。すでに死んでしまった霊を回復するために再び神の霊を受けて永遠の生命が得られるようにと創造主ご自身が、地上に降臨されました」と、答えながらさらに、神のおんひとり子のご託身とご受難について語りはじめよく説明された。
「祝せられた罪なき神のおん子が、捕らえられ呪いとはずかしめを受けられたのは、罪の中に捕らわれている人類を解放するためだったのです。罪によって呪いを受けた人間が、おん子によって祝せられ、悪魔から自由になるためだったのです。いばらの冠を頭にかぶせられたもうたのは、わたくしたちの頭に熔印されている死の判決を取り除くためだったのです。十字架上で苦い胆汁をお飲みになったのは、人間たちに甘味な味覚をあたえるためだったのです。着物をはぎとられたもうたのは、人類の始祖たちの裸をつつむためだったのです。木に釘付けられたもうたのは、木のそばで起こった原罪をとりのぞくためだったのです。」
すると、ティブルティウスは、兄にむかって言った、
「どうかその神の人のところへぼくをつれていってください。けがれを清めてもらいたいとおもいます。」
こうしてティブルティウスは、聖ウルバヌスのところへつれていってもらい、洗礼を受けて清められ、それからはたびたび天の御使いたちを見るようになり、天主に願ったことはすべてかなえられた。さて、聖ウァレリアヌスと聖ティブルティウスは、熱心に喜捨を施し、都長官アルマキウスの手にかかって殉教した聖人たちの聖遺体を埋葬した。アルマキウスは、ふたりを召喚して、
「罪を犯したかどで断罪された者をなぜ埋葬するのか」と、問いただした。
聖ティブルティウスは答えた、
「あなたは、罪人よばわりなさっていらっしゃいますが、わたしたちは、あの人たちのしもべになりたいと願っているのです。あの人たちは、見せかけだけでじつは実在していないようなものを拒み、見かけは何もないようですが、厳然と実在していらっしゃるおん者を見つけたのです。」
都長官であり裁判官であるアルマキウスは、
「いったい、それはどういうことかね」と、たずねた。
聖ティブルティウスは答えた、
「見せかけだけで、実在しないものとは、この世にあるすべてのものです。これは、人間を無にみちびきます。見かけは存在しないようだが、歴然と実在するもの、それは、義しき人たちにとってはいのちであり、よこしまな人びとには苦しみの種となるものです。」
裁判官は、
「ふん、その言い草を聞いているとおまえは、どうやら気がふれているようだな」と、言った。こんどは聖ウァレリアヌスを引いてこさせ、
「おまえの弟は、頭がどうかしているようなので、おまえにつじつまの合った返答をしてもらおう。おまえたちが考えちがいをしていることは、火を見るより明らかだ。なぜなら、おまえたちは、あらゆる喜びをさげすみ、喜びを台なしにするものばかりを求めているからだ」と、言った。
聖ウァレリアヌスは答えた、
「蟻とキリギリスをご存知ですか?よく見かけることですが、ぐうたらな連中は、夏の暑いさかりや冬の寒い間せっせと野良仕事に精を出している農民たちをあざ笑っています。しかし、秋や春になって労働の貴重な実のりを刈り入れる時が来ますと馬鹿扱いされていた農民たちは、収穫の喜びを身体いっばいに味わいますが、抜け目なく立ちまわったように見えた連中は、泣きを見ることになります。わたしたちも、これと同じで、いまはあざけりと辛苦をじっと耐えていますが、いずれは栄光と永遠の報酬を受けるのです。あなたがたは、今は移ろいやすい喜びを満喫していますが、この人生が終わったあかつきには永遠の悲哀を受けることになるのです。」
裁判官は言った、
「では、無敵を誇るわれわれローマの王侯貴族は、永遠の悲しみを味わうことになり、とるに足りないおまえたちは、永遠の喜びを手に入れるとでも言うのかね。」
聖ウァレリアヌスは、
「あなたがたは、この世では自らを王侯貴族といたしておりますが、実体は、王侯なんぞではありません。あなたがたは、この時代に生まれた哀れな人間にすぎないのです。この世で肉体が死ぬと神さまに対して生前の行ないについて他のだれよりもきびしい釈明をしなくてはならないでしょう。」
裁判官は言った、
「こんな愚にもつかぬ話をいつまでしていても、なんの役にもたたぬ。神々に供香すれば、無事に帰らせてやろう。」
聖なる兄弟は答えた、
「わたしたちは、まことの神に毎日ささげものをしております。」
裁判官は言った、
「その神の名は、なんと言うのだ」
聖ウァレリアヌスは答えた、
「たとえあなたに翼があって、空を飛ぶことができたとしても、その神の御名を見つけることはできないでしょう」
裁判官は言った、
「その神の名は、ユピテル(ギリシャ神話ではゼウス)と言うのではないかね。」
聖ウァレリアヌスは答えた、
「とんでもありません。それは、殺人と密通(不倫)の名前です。」
アルマキウスは、
「では、世界じゅうの人びとがみんな間遅っていて、おまえたちふたりだけが本当の神を知っていると言うのか」と、言った。
聖ウァレリアヌスは、
「わたしたちだけではありません。数かぎりない人びとが、すでに知っており、お恵みにあずかっています」と、答えた。
そのあと、ふたりは、マクシマスの手にゆだねられ彼は、ふたりに言った、
「きみたちは、青春の真紅の花で、たがいに兄弟愛のきずなでむすばれている。だのに、どうしてそんなに死に急ぐのか。まるでいそいそと饗宴に出かけるようではないか。」
聖ウァレリアヌスは言った、
「そうです。もし、あなたが神を信じると約束されるならば、わたしたちの魂の死後の栄光を見せてあげましょう。」
マクシマスは答えた、
「いまきみたちの言ったことが実現したとき、もし、私がきみたちの崇める神を『唯一の神として信じます』と、言わなかったら雷がその火でわたしの五体を焼きつくしてくれるがよい。」
その後、マクシマスとその家族全員とすべての刑吏たちは、キリスト信者となり、ひそかに出むいてきた聖ウルバヌスから洗礼を受けた。朝の日がのぼりはじめると聖カエキリアは、大きな声をあげた、
「さあ、キリストの戦士のおふたり、闇のわざをやめて光の剣をとるのです。」
まもなく聖人たちは、町から四マイルほどはなれたところにある偽神ユピテルの像のまえに連行された。そして、供香に応じようとしなかったのでふたりとも首を刎(は)ねられた。
聖マクシマスの誓言によると、両聖人の受難の瞬間、かがやく天使たちが見え、まるで花婿の部屋から出てきた乙女たちのように見えたという。天使たちは、ふたりの魂をふところに抱いて天にはこんでいった。聖ウァレリアヌスと聖ティブルティウスのふたりの殉教聖人は、プラエテクスタトゥス・カタコンベに葬られた。
しかし、アルマキウスは、聖マクシマスがキリスト教の信者になったと聞くと鉛の棒で息たえるまで殴打させた。聖カエキリアは、彼の聖遺体を聖ウァレリアヌスと聖ティブルティウスのそばに葬った。
後に、アルマキウスは、兄弟の財産をさがしはじめた。そのため、聖カエキリアを出頭させ、神々に供香させよ応じなければ死刑にせよと命じた。聖女を捕らえにいった兵士たちは、供香することをすすめ、こんなに美しい気高い乙女がすすんで死地に赴こうとするのはかわいそうだと言って涙をながした。聖カエキリアは彼らに言った、
「みなさん、わたくしの若さは、失われるのではありません。べつのものに変わるだけなのです。わたくしは、黄金を手に入れるために塵あくたをあたえ、かがやく宮殿に住まうために陋屋(ろうおく)を棄て、広大な庭園に出るために狭くるしい片隅を去るのです。銅貨を金貨にとりかえてやろうと言う人があったら、あなたがただって一目散に駈けつけるではありませんか。しかし、神さまは、わたくしたちがささげたものを百倍にも千倍にもして返してくださるのです。いま申しあげたことを信じていただけますか。」
兵士たちは答えた、
「あなたのような乙女をもっていらっしゃるからには、キリストこそほんとうの神であるにちがいないと信じます。」
そして、聖ウルバヌス司教(当時のローマ教皇)に来てもらって四百人以上の兵上たちが受洗した。
それからほどなく、アルマキウスは聖カエキリアを呼び出し、
「あんたの身分を言ってもらおう」と、たずねた。
聖カエキリアは答えた、
「わたくしは、自由なローマ市民で、貴族の生まれです。」
アルマキウスは、
「わたしがたずねているのは、あんたの信仰だよ。」
聖カエキリアは答えた、
「あなたの質問は、出だしからとんちんかんです。なぜなら、ひとつのことしか質問していないのに、ふたつの答えをもとめていらっしゃいます。」
アルマキウスは、
「そんな不遜な返事のしかたは、どこで習ってきたのだ。」
聖カエキリアは答えた、
「これは、くもりない良心といつわりのない信仰のせいです。不遜な質問をするあなたこそ都長官、裁判官にあるまじきお言葉です。」
アルマキウスは、声を荒げて言った、
「わたしがどれほどの権力をもっているか、あんたにはわかってないようだな。」
聖カエキリアは答えた、
「あなたの権力は、空気でふくらんだ皮袋のようなものです。針が一本つきささっただけで力はみんな抜けてしまいどんなに固そうに見えていても、塩をかけられたなめくじみたいにみじめに溶けてなくなってしまいます。」
アルマキウスは、
「のっけから大きな口をききやがって、いつまでもその雑言をつづけようというわけか。」
聖カエキリアは答えた、
「真実を述べておりますのにどうして雑言などとおっしゃるのですか。わたくしが真実でないことを述べたのでしたらどうぞその間違いをご指摘してください。それがおできにならなければ、わたくしに濡れ衣をお着せになったわけですから、ご自分の非をお認めなさい。それはともかく、神さまの聖名を知っておりますわたくしたちは、神さまを否定することはできないのです。また、罪のなかに生きるよりは、至福の死をえらぶほうが、はるかによいことなのです。」
アルマキウスは、
「おまえの言葉は、いちいち倣慢のかたまりだな」
聖カエキリアは答えた、
「これは、倣慢ではありません。毅然としているのです。」
アルマキウスは、
「わたしの権力をもってすれば、おまえを生かすも殺すも意のままだということがわからないのか。」
聖カエキリアは答えた、
「あなたは、いま歴然たる真実にもとる嘘をおっしゃいました。あなたは、生きている者から生命をうばうことはおできになるかもしれません。しかし、死者に生命をあたえることは、絶対におできになりません。ですから、あなたは、殺す権力はおもちですが、生かす力はおもちではないのです。」
アルマキウスは、
「そんな世迷いごとは、もうたくさんだ。さあ、神々に供香をささげるのだ。」
聖カエキリアは言った、
「あなたは、眼をどこへお棄てになったのでしょう。神々などとおっしゃいますが、ただの石ではありませんか。だれが見たって、そうですわ。手でさわってごらんなさい。眼で見えないのでしたら手でたしかめてごらんになってはいかがですか。」
それで、アルマキウスは、
「カエキリアを家に帰らせ昼も夜も煮えたぎる風呂場にとじこめてむし焼きにして殺してしまえ」と、下命した。しかし、聖カエキリアは、風呂場に入れられてもまるで涼しい部屋にでもいるような調子で汗ひとつかかなかった。アルマキウスはこれを知ると、
「風呂場で首を刎ねよ」と、命じた。刑吏は、三度力いっばい聖女の首に剣を振りおろしたが、首を胴体から切りはなすことはできなかった。罪人に三度以上剣をふるってはならないという法律があったため残忍な刑吏は、聖カエキリアを半殺しのままうちすてておいた。こうして聖カエキリアは、それからまだ三日のあいだ生きながらえ、財産をことごとく貧しい人たちに分け与え、自分が回心させた信者たちを聖ウルバヌスの手に託してこう言った、
「わたくしは、主に三日の猶予をお願いしました。この人たちを神父さまの聖徳におゆだねいたします。また、聖ウァレリアヌスとわたくしのこの家をどうか教会として聖別なさってくださいさい。」
聖ウルバヌスは、聖女の遺体を糸杉の棺に入れて司教たちの遺体のかたわらに葬り、聖女の望みどおり、残された家を教会として聖別した。聖カエキリアが殉教したのは、皇帝アレクサンデルの治世下、西暦225年ごろのことだった。しかし、西暦220年ごろ帝位にあったマルクス・アウレリウスの治世下に殉教したとする本もある。聖カエキリアが葬られたのは、3世紀に教皇たちの墓地となったカリスト・カタコンベとされる。教皇パスカリスT世は、西暦819年に聖カエキリアの聖遺骨をトラステーヴェレのサンタ・チェチーリア教会に移したが、その聖遺骨は、実はプラエテクスタトゥス・カタコンベから移されたものだとも言われている。
聖カエキリアは、実在の人物であるかどうか疑わしいとされている。この殉教物語の成立は、五世紀末かそれ以後とされ、それ以前に崇敬の痕跡はない。西暦354年のローマ祝日表に名前が出ていない、聖ヒエロニムスをはじめ教会著述家たちの書いたものにも出てこない。聖伝からすると、聖遺体が発見されなったせいか五世紀末まで、まったく忘れ去られていたことになる。ローマのトラステーヴェレにこの聖女の名を冠したサンタ・チェチーリア教会があるが、ここで西暦545年11月22日に聖女の記念日が祝われた。以後、この日を聖女の命日、祝日とするようになった。しかし、この教会に名前をあたえたチェチーリアは、聖女カエキリアのことではなく、この教会の寄進者の名であって、11月22日も、聖女の命日ではなく、この教会の献堂式のおこなわれた日であったという説が有力視されている。しかし、教会寄進者チェチーリアと聖女カエキリアが、同一人物ということも聖女の殉教日を献堂式式典日とすることも史実として有りうるのではないかと思う。
サンタ・チェチーリアの縁起は、こうしてひとつとなった。
聖女の物語から教会音楽とオルガンの保護の聖人、オルガンを持ち物(アトリヴュート)に結びつけた由来は、聖カエキリアの祝日の晩課(ヴェルディのオペラ『聖チェチーリアの夕べの祈り』)で、うたわれる第一交誦「楽器のしらべが鳴りひびいているあいだ」(Cantantibus organis...)を「楽器(あるいはオルガン)をかなでながら」の意に解したことによるとされる。
[図像]
初め特徴ある持物がなく、ローマの聖カリスト・カタコンべ内ではオランスの格好でラヴェンナのモザイクのフリーズでは行列の中にまぎれている。15世紀の末頃から楽器が与えられ、オルガン,チェンバロ,ハープ,リュート,ヴァイオリンなどが持ち物にあげられるようになった。楽器を持ちながら演奏を忘れて天の奏楽に耳をすますように表現されることが多い。楽器を持つ代わりに首に三つの瘍がつけられたり、薔薇や百合の冠が描かれることもある。
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