聖ボナヴェントゥーラ X1221〜74(祝7月14日,7月15日) L. Bonaventura.
[伝記] トスカナ地方バニョレア生まれ。本名ジョヴァンニ・フィダンツァ。幼時病弱な彼が聖フランチェスコの祈りによって一命をとりとめ、健康となって、同聖人から「おお、ブォナ・ヴェントゥーラ『幸運な子』(buonaventura)」と呼ばれ、以来それが通称となる。 1521年聖フランチェスコ会に入り、パリで神学を研究、「熾天使博士」(Doctor Seraphicus)とたたえられた。彼の著作中『聖フランチェスコ伝』や『生命の木(リグヌム・ウィタエ)』は有名。 1274年、グレゴリウス]世の書記として在職のリヨン公会議列席中に没。枢機卿とアルバノ司教に任ぜられ、教皇使節が枢機卿の赤帽を持参したとき、彼はフィレンツェ近郊の修道院の庭で食後の片づけをしていたので、帽子を枝にかけておくよう願ったという。
[図像] 列聖が遅かった(1482年)ため、16世紀以前は美術上の表現に比較的乏しい。無髯あるいは長髯の聖フランチェスコ会修道士として、また枢機卿として表現され、縄帯で胴を締め、その上に枢機卿の笏杖と木に掛けられた枢機卿の帽子が主な持物。その他十字架,聖杯,さらに子に乳を飲ませるため、胸を開いたペリカンを頂く十字架の木を携えることがある。
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