聖アガタと聖ルチア(四大殉教童貞聖女)


St. Agatha 童貞殉教聖女アガタ
St. Agatha 1630-33 , Oil on canvas
Musee Fabre, Montpellier
like in the painting by Zurbaran


聖女アガタ
X250年(253年,祝2月5日)
St.Agatha


[伝記]
 ラテン教会の四大殉教童貞聖女の1人。シチリア島カタニア市で皇帝デキウスの治世下250年(あるいは253年頃)2月5日に殉教されたと伝えられる。
 乙女聖アガタは、貴族出身美貌にめぐまれ、シチリア島カタニア市に住んでいた。そして、聖徳をもって神をうやまっていた。シチリア州の総督クインティアヌスは、生まれもいやしく、好色、貧欲、異教徒だったが、高貴な乙女聖アガタをなんとしてでも愛人にしたいと思っていた。聖女の身分の高貴さで自分のいやしい素姓を高め、聖女の美しさを自分の好色の餌食とし、聖女の財宝をかすめとって自分の貧欲を満足させようと思った。おまけに偽神たちの崇拝者であったから現代のパワハラ、サディズム、セクハラの典型的性癖をもって聖女に無理やりにでも神々に供犠させようとした。彼は、聖アガタを出頭させ、聖女の意志を変えさせようとしたができなかった。すると、アプロディシアという名前の女郎屋の女将と同じく罪ぶかい生活を送っている9人の娼婦たちに聖アガタをゆだねた。彼女たちは、30日間聖女の意志を変えさせようと甘言やおどしをもって聖女の善き志ざしを棄てさせようとつとめた。しかし、聖女は毎日女たちに、
 「わたくしの気持は、かたい岩の上に建てられたキリストのなかにしっかりつながれています。あなたがたの言葉も、わたくしには風のようなものにすぎません。あなたがたの約束ごとは雨のようなもの、おどしは去りゆく流水のようなものでしかありません。堅固な岩を土台にしているのですからどんなに誘惑されてもわたくしという家は、けっして崩壊しません。」と、言って答えた。
 聖アガタは、泣き、祈り、殉教者の勝利の棕櫚を待ちのぞんだ。アプロディシアは、意志をまげない聖アガタの姿を見てクインティアヌスに、
 「石をやわらげ、鉄を鉛のようにやわらかくするほうが、この娘をキリストから引きはなすよりも、ずっとやさしいでしょう」と、言った。
 そこで、クインティアヌスは、彼女をつれてこさせて、
 「あなたは、どういう家柄の生まれなのか」と、言った。
 聖女は答えた、
 「わたくしは、自由な身分の生まれであるばかりでなく、親戚のすべての者が証明していますように貴族の出です。」
 クインティアヌスは、たずねた、
 「自由な身分であり、貴族であるのならば、どうして奴隷のような真似をするのか。」
 聖女は答えた、
 「わたくしはキリストの僕(しもべ)ですから碑女(はしため)のように生きているのです。」
 クインティアヌスは言った、
 「自由な身分であるあなたがどうして碑女になりたいのか。」
 聖女は答えた、
 「最高の自由は、キリストの僕(しもべ)であることです。」
 クインティアヌスは言った、
 「では、ふたつのうちどちらかを選ぶのだ。神々に犠牲をささげるか、それとも、拷問を受けるか。」
 聖アガタは言った、
 「あなたの奥さまは、さぞかしローマの愛と美の女神ウェヌスのようなかたであり、あなたご自身もあなたの崇拝なさっているユピテルのような人なのでしょうね。」
 これを聞いて、クインティアヌスは、家来に聖アガタの頬を打たせて言った、
 「裁判官であるわたしを侮辱し、無礼な無駄口をたたいてはならない。」
 聖アガタは答えた、
 「あなたのように聡明なかたがどうしてこんなにばかばかしいことを本気で信じていらっしゃるのか、ふしぎでなりません。あなたにしても、あなたの奥さまにしても、ユピテルやウェヌスのような生きかたをできないのに彼らを神々とよんでいらっしゃいます。それなのにわたくしが、あなたを彼らのようだと言うとそれを侮辱だとおっしゃる。あなたの神々が、ほんとうに善神であるのならわたくしが言ったことは、あなたにたいする賛辞になるはずです。けれども、あの不倫と売淫の神々といっしょにされるのは、まっぴらごめんだとおっしゃる。それなら、あなたもわたくしと同じ意見で一致しているのですわ。」
 クインティアヌスは言った、
 「えらい剣幕でまくしたてるが、そんなへらず口がなんの役にたつのだ。神々に犠牲を供えよ。でなければ、ひどい拷問をくわえて殺してやるぞ!」
 聖アガタは答えた、
 「わたくしにむかって猛獣をけしかけてごらんなさい。キリストのおん名を聞いたら、猛獣たちもおとなしくなるでしょう。わたくしを火で苦しめてごらんなさい。天使たちが天の露でわたくしを救っでくれるでしょう。わたくしを打ったりそのほかの拷問で責めたてても、聖霊のおん力のおかげでわたくしには、魚の顔(つら)に水のようなものでしょう。」
 総督は、アガタを牢獄にぶちこむように命じた。公衆の面前で平然と総督に立ち向かいキリスト教の神聖を表明する言葉を話したからである。しかし、聖女は、まるで食事に招かれでもしたかのように嬉々として牢に入り、この争いを主なる神にゆだねた。
 翌朝、裁判官は、聖女に言った、
 「キリストを棄てると誓い、わたしたちの神々をあがめよ。」
 聖女は、承知しなかった。それで、彼は、聖女を拷問台にかけ、責めたてさせた。
聖アガタは、言った、
 「この責苦は、わたくしにとって大きな歓喜です。よい知らせを聞いたときのように、長いあいだ待ちのぞんでいた友人に会えたときのように、たくさんの宝を見つけたときのように喜びでいっぱいです。小麦も、穂をつよくつき潰してもみがらをとってからでなければ、穀倉に入れることができないのと同じように、わたくしの魂もあなたの刑吏たちにさんざん肉体を切りさいなまれてからでないと、殉教の棕櫚をもって楽園に入っていくことができないのです。」
 怒ったクインティアヌスは、聖女の乳房を鞭で打たせ、長いこと苦しめたあげくに乳房を切り落とさせた。
 聖女アガタは言った、
 「残忍な、神を怖れぬ暴君よ、女性の乳房を切り落とさせて恥ずかしくないのですか。あなただって、母の乳房を吸ったのではありませんか。しかし、お忘れになってはいけませんよ。わたくしの魂のなかには、まだ無傷な乳房がそっくりあるのです。わたくしは、子供のころからずっと神さまにささげてきた自分の心と感覚をその乳房で養うことができるのです。」
 彼は、聖女をまた牢にもどし、医者を入れてもならない、水やパンの差入れを許可してもならないと命じた。ところが、不思議なことにひとりの老人が、真夜中にたくさんの薬をもってあらわれた。ひとりの子供が、灯りをかかげて老人の先に立っていた。
 老人は、聖女に言った、
 「裁判官は、あなたにひどい拷問をくわえましたが、あなたの返答は、それ以上にきびしい鞭を彼にあたえました。彼は、あなたの胸を切り落とさせました。しかし、彼をふんぞりかえらせている彼の胸もいつかは、苦渋を味わうことになるのです。あなたが責めさいなまれたとき、わたしは、その場にいました。そして、治療すればあなたの胸は治ると見たのです。」
 聖女アガタは答えた、
 「わたくしは、これまで一度も肉体に薬をもちいたことがありません。わたくしが、これまで守ってきたことを棄てるのは恥辱です」
 老人は、聖女に言った、
 「娘ごよ、わたしに恥ずかしがることはありません。わたしも、キリスト教徒です。」
 聖アガタは答えた、
 「どうしてあなたを恥ずかしがりましょう。あなたは、ご老人です、それもたいへんなお年でいらっしゃいます。それに、わたくしの肉体は、ひどい目にあわされさんざん傷つけられていますからだれも欲情を起こしたりはしないでしょう。それにしても、おじいさま、わざわざおはこびいただき、わたくしのことを気にかけてくださったことでお礼を申しあげます。」
 老人は言った、
 「なぜあなたはわたしの治療をのぞまれないのですか」
 聖女は答えた、
 「わたくしには、主イエズス・キリストがいてくださいます。主はすべての被造物をひと言で健康にされ、お言葉でもって万物を新たにされるのです。ですから、主は、そうしようと思われたらいますぐにでもわたくしを治してくださいます。」
 老人は、にっこりして、
 「わたしは、じつはあなたの主の使徒です。主が、わたしをあなたのところにつかわされたのです。ごらんなさい。あなたは、主のおん名において癒されました。」と、言うと聖ペトロの姿は消えた。聖女アガタは、ひれ伏して主に感謝した。そして、全身の傷がすっかり治ったのを感じた。乳房も、もとどおり胸についていた。ところで、番人たちは、あかるい光が見えたのでおどろいて逃げだし、牢獄の扉を開いたままにしておいた。すると、数人の人たちがやってきて、聖アガタに逃げてくださいと頼んだ。
 「とんでもないことです。」
 「逃げ出してせっかくの受難の冠を失い、番人たちを窮地と責苦におとし入れるわけにはいきません。」と、聖女は答えた。
 それから四日後に、クインティアヌスは、
 「いつわりの神々に犠牲をささげよ、さもないと、もっとひどい拷問をあたえるぞ」と、聖女に言った。聖アガタは、答えた、
 「あなたの言葉は、むなしくて無意味です。空気をけがし、有害です。あなたは、こころも考えも貧しい人です。わたくしを癒してくださった主を否定し、死んだ石くれをあがめよとわたくしにおっしゃるのですか。」
 「だれがおまえの傷を治したのか。」
 「神のおん子キリストさまです。」
 「わたしが聞きたくない名前を聞かせるのか。」
 「わたくしは、生きているかぎり、心と口でキリストをほめたたえます。」
 それで、裁判官は、
 「キリストが、ほんとうにおまえを健康にしてくれるものかどうか、とくと見てやろう」と、言って灼熱に熱っした石炭を用意させ、その上に陶器やガラスのするどい破片を投げ、聖アガタを全裸にしてその上を転がすよう命じた。刑吏たちがそのとおり実行した時、突然、大地震が起こってカタニアの町をゆさぶり、町の一部は倒壊して、クインティアヌスに仕えるふたりの顧問官が、圧しつぶされて死んだ。民衆は、大挙して総督府に押しかけ、クインティアヌスにむかって、
 「このような災難がこの町にふりかかったのは、罪のない聖女アガタを拷問にかけたからだ」と、叫んだ。クインティアヌスは、地震と民衆の暴動とに怖れをなして聖アガタを牢にもどさせた。
 牢獄の中で聖女は、ひざまずき、
「わが主イエズス・キリストさま、おんみは、わたくしをおつくりになり、子供のころからずっと守ってくださいました。肉体を純潔に保ってくださり、現世への愛を棄てさせてくださいました。おんみに力と忍耐をさずけていただいたおかげで、わたくしは、あらゆる拷問にうち勝つことができました。ですから、どうかもうわたくしの霊を受け入れ、わたくしをおんみのご慈悲のもとにまいらせてください。」と、祈り終えた聖女は大きな叫び声をあげた。それと同時に、聖女の霊は、天にのぼっていった。
 キリスト教徒たちが、聖女の遺体を香料とともに埋葬しようと墓穴に横たえた時、不意にそれまでこの町で見かけたことのない、絹の衣裳をまとったひとりの少年が、白い衣裳に飾りをつけた百人以上もの美しい男たちを引きつれてあらわれた。少年は、遺体に歩み寄り枕もとに一枚の大理石板を置くとたちまち姿が見えなくなった。大理石板には、『聖女は、霊において神聖であり、すすんで殉教に身をささげ、神をうやまい、この地方を救った』という意味のことが書かれてあった。この偉大な奇蹟のために、異教徒もユダヤ教徒もこころをこめてこの墓を崇敬するようになった。
 そうこうしているあいだ、クインティアヌスは、聖アガタが残した遺産を横どりするために馬車で出かけた。ところが、途中で二頭の馬があばれだし、一頭は彼の胸に噛みつき、もう一頭は蹄で彼の胸を蹴ったため、川に転落した。クインティアヌスの遺体は、見つからなかった。
 一年後、聖アガタの誕生日のこと、カタニア市にほど近い大きなエトナ山が噴火した。溶岩が急流のように山をくだり、石も土も溶かしながら猛烈な勢いで町にせまった。そのとき、異教徒たちは、山を駈けおりて聖アガタの墓に逃げてきて墓をおおっていたヴェール(薄帛:うすぎぬ)を持ちだし、襲い来る溶岩にむかって槍の先にかかげた。すると、溶岩は、そこでぴたりと止りそれ以上流れなかった。
 聖アンブロシウスは、『序文』 のなか聖女アガタについて、
 「主を賛美するために血を流すことのできた至福の高名な乙女よ、あなたは、ふたつの飾りでかざられています。あなたの受難にさいしては、あらゆる奇蹟が起こり、主の使徒が来てあなたを癒されました。あなたは、そのようにしてキリストの花嫁となって天に迎えられました。また、あなたが地上に残された聖なる遺体にも高い栄誉があたえられました。天使の群れがあらわれて、あなたの魂が神聖であることと、あなたがその地方をお救いになることを告知したのです」と、語っている。
 こうして、聖女への崇敬は西ヨーロッパ全体に広まり、カタニア市の守護聖女であり、地震,火山の爆発,火災,天変地異には、聖アガタの聖名が呼ばれる。(近年、ギリシャ地方の大規模な山火事において聖女のお取次ぎを願って国家国民が、揃って聖名を呼ばわり祈るべきではなかったかと思わされる。)フィレンツェ大聖堂所蔵の同聖女の聖遺骨は、鎮火の奇蹟力があると信じられている。女性の胸部疾患(乳癌など)にたいする守護聖女、及び、乳房が鐘の形に似ていることから釣鐘鋳造師の守護聖女でもある。また、乳房が丸パンと似ているところから同聖女の祝祭には丸型のパンが作られる。
 アガタ(Agatha)とは、「神聖な」の意[agios]と「神」の意[theos] とから来ていて、『神の聖女』という意味である。
 聖クリュソストモスは、「人を聖人にするものは三つあるが、そのどれもが、聖女に完壁にそなわっていたのである。その三つとは、こころの純粋さ、聖霊の臨在、あらゆる種類のみちあふれるほどの善行である」と、言っている。
 あるいは、[Agatha]は、[a]<・・・なしに,を欠いて>と[geos]<大地>と[theos]<神>とに由来し、『大地なき女神』<つまり地上のものへの愛をもたない女神>という意味を持つ。あるいは、[aga]<話している>と[thau]<完成>とに由来し『完全無欠に話す』という意味を持つ。われわれは、そのことを聖女が拷問者にあたえた返答に見てとることができる。あるいはまた、[agat]「しもべ」と[thaos]「上の」とに由来し『天のしもべ』という意味を持つ。聖女がそうよばれるのは、『最高の自由は、神のしもべであることです』と、言ったことに由来する。あるいはまた、[aga]「おごそかに」と[thau]「完成」とに由来し『おごそかに完成された』、つまりおごそかに埋葬された女という意味を持つ。それは、天使たちが聖女を埋葬したからである。
 聖アガタの殉教画は、ティントレット、ヴェロネーゼ、ティニポロ、ヴァン・ダイクをはじめ多くの画家たちが描いている。それらの多くで描かれる聖女は、奇蹟のヴェールをまとい,手に勝利の象徴たる棕櫚の枝,切りとられた二つの乳房をのせた皿を持つ。一角獣(処女の象徴)の角、さまざまな拷問具(殉教具;鋏,やっとこ)が聖女の手、または傍らに置かれることもある。そして、松明などが描きそえられ、薪の山に寝かせられていることもある。



聖女ルチア(ルキア)
X304年(310年,祝12月13日)
St.Lucia


 ラテン教会の四大殉教童貞聖女の1人。日本では、サンタ・ルチアというイタリア名(歌)で知られている聖女。シチリア島シラクサ市でディオクレティアヌス帝治世下の304年(あるいはコンスタンティヌスとマクセンティウスとの両帝治世下の310年頃)12月13日に殉教されたと伝えられる。
 聖ルチアは、シラクサ市の貴族の家に生まれた乙女であった。聖女アガタの聖名がシチリア全島でたいへん崇敬されているという話を聞いて母エウティキアと一緒に聖アガタの墓へ参詣した。母は、四年このかた長血をわずらい、薬石の効果もむなしかった。彼女たちが、聖アガタの墓のある教会に着いた時、ちょうどミサがあげられており偶然にも聖福音書の一節、主が同じ病気である“長血を患っているの女を癒された”という朗読箇所を拝聴した(マルコ5:25〜)。聖ルチアは母に、
 「今朗読されたお話しを本当だとお信じになるのでしたら、主のために殉教された聖アガタ様がいつも聖主のみもとにおられるということもお信じになって下さい。お母さまが、聖アガタ様の墓に心から信じて手をお触れになれば病気はきっと治ります」と、言った。
 人びとが教会から出ていくと、聖ルチアは、母とふたりだけあとに残って聖女の墓に敬虔にひざまずいた。すると、聖ルチアは、眠りにおち、聖女アガタが宝石をちりばめた冠を頭にいただいて天使たちの真ん中に立っているのを幻視した。そして、
 「わたしの娘ルチア、神に身をささげた乙女よ、どうしてお母さまのことをわたしに頼むのですか。あなた自身の手でお母さまの病気を治してあげることができるのですよ。ごらん、お母さまは、あなたの信心のおかげでもうお治りになりました」と、言う声が聞こえた。
 聖ルチアは、眼をさまして母に言った、
 「ごらんなさい、お母さま、病気は治りましたよ。そこで、病気をお治しくださった聖アガタ様の御名にかけてお願いします。これからは、もうわたくしの縁談は口にお出しにならないようにしてください。そして、持参金としてわたくしにくださるおつもりだった財産は、神さまのために貧しい人びとにわけてあげてください」
 母親は、
 「ルチアや、わたしが死ぬまで待ちなさい。それからなら、遺産をあなたの好きなようにしてもかまいません」と答えた。
 しかし、聖ルチアは言った、
 「お母さま、あなたが死後に施されるものは、あの世へ持って行けないので遺産をお与えになるのです。生きていらっしゃるあいだに施して下さい。そうすれば、天において報いがありましょう。」
 こうして、二人は、家に帰ると毎日財産を少しずつ売っては貧しい人びとに施した。しだいに聖ルチアが相続するはずの財産は、だんだん減っていった。聖女の婚約者はこれを聞きつけ、聖女の乳母の所を訪れて事情をたずねた。乳母は、一計を案じ、
 「あなたの花嫁は、有利な財産を見つけ、あなたのためにそれを手に入れようとしているのですよ。そのためにいまもっている財産を売っているので財産が減っているように見えるのです」と、答えた。
 彼は、聖ルチアが手に入れようとしているのは現世の財産だと思いこみ聖女が今持っている財産の売却を手伝った。しかし、ことごとく財産を売り尽くした時、彼は、聖ルチアがすべての財産を貧しい人たちに施してしまったことに気がついた。それで、かんかんに憤慨して聖女を裁判官パスカシウスの前につれていき、聖女がキリスト教徒であり皇帝の命令に背いた事をしていると訴えた。裁判官は、聖ルチアに偽りの神々に供物をささげることを命じた。
 聖女は、
 「神さまのお気に召す犠牲は、貧しい人たちを見つけだし、困っているときに助けの手を差し伸べてあげることです。わたくしにはもう神さまにささげるものがございませんので、わたくし自身をささげます」と、答えた。
 パスカシウスは言った、
 「そんなことは、おまえのようなばかなキリスト教徒に言うのだな。だが、わたしにむかっては、そんな口をきくことを許さん。わたしは、皇帝がたの命令の番人なのだから。」
 聖ルチアは答えた、
 「あなたは、あなたの皇帝がたの命令をお守りになることです。わたくしは、わたくしの主イエズス・キリストさまの掟を守ります。あなたは、あなたの皇帝がたを怖れなさい。わたくしは、わたくしの天主を怖れます。あなたは、皇帝がたの不興を買わないように用心なさい。わたくしは、神さまの怒りをまねかないように気をつけます。あなたは、皇帝がたのお気に入るように心がけることです。わたくしは、キリストさまにお気に召されることを切に心がけます。あなたは、ご自分の利益になるとお思いのことをなさい。わたくしは、自分に魂のたすかりと天において利益をもたらしてくれることをします。」
 パスカシウスは言った、
 「おまえは、相続分の財産を悪辣な誘惑者どもといっしょになって食いつぶしてしまった。おまえが、娼婦のような口のきき方をするのは、そのためだ。」
 聖ルチアは答えた、
 「わたくしは、財産をシミも虫もつかず、盗人が穴を開けて盗み出すこともない安全な場所に置いたのです。心の誘惑者とも肉体の誘惑者ともぐるになったことは一度もございません。」
 パスカシウスは、
 「では、こころや肉体の誘惑者とはだれのことか」と、訊(たず)ねた。
 聖ルチアは答えた、
 「人びとに真の造り主を見捨て偽りの神々を偶像崇拝するように説くあなたがたこそ、心の誘惑者です。そして、永遠の喜びよりも肉体の欲望を追い求める人びとは、肉体の誘惑者なのです。」
 パスカシウスは、
 「言葉をつつしまないと、鞭で打たせるぞ」と、言った。
 聖ルチアは答えた、
 「神さまのお言葉は、おさえることができません。」
 パスカシウスは、
 「それなら、おまえは神か」と、訊(たず)ねた。
 聖ルチアは答えた、
 「わたくしは、主の碑女(はしため)にすぎません。主は、使徒たちに、『あなたがたは、王や裁判官のまえに引き出された時、何をどのように話すかを思案するには及ばない。話すのはあなたがたではない、天におられるあなたがたの父の霊があなたがたの口を借りて話される』と言っておられます」(マテオ10:18,20)。
 パスカシウスは、
 「それでは、おまえのなかに聖霊とやらが宿っているのか」と、訊(たず)ねた。
 聖ルチアは答えた、
 「処女を守り、純潔に生きる者は、聖霊の神殿です。」
 パスカシウスは、さらに言った、
 「では、おまえを娼婦たちの神殿につれていきおまえの純潔を失わせ、聖霊を追いだしてやろう。」
 聖ルチアは答えた、
 「肉体は、霊が同意しないかぎり純潔を奪われることはありません。あなたは、わたくしの同意を無理やりとりつけることはできないのですから、力ずくでわたくしの純潔を奪っても、わたくしには乙女の純潔の報いが2倍にして与えられるだけです。何をぐずぐずしていらっしゃるのですか。わたくしの肉体は、どんな責苦も覚悟しております。さあ、はじめなさい、悪魔の息子よ、好きなようにどんな残虐な仕打ちでもしてごらんなさい。」
 これを聞いてパスカシウスは、女衒(ぜげん)たちを召し出し、
 「さあ、すべての男たちを呼び込んで、この女が死ぬまでその肉体をもてあそばさせるんだ」と、言った。
 けれども、女衒たちが聖ルチアを引きたてて行こうとすると聖霊の恵みによって聖女の身体が急に重たくなったためぴくりとも動かすことができなかった。それを見てパスカシウスは、千人の男たちを加勢させ聖ルチアの手足を縛りあげろと命じた。しかし、千人の男たちも、どうしても動かすことができなかった。パスカシウスは、千人の男たちのほかにさらに数頭の雄牛をつながせたが、一歩も動かせなかった。彼は、魔術師たちを呼び集めて彼らの魔術で動かそうとしたが、これも全く効果がなかった。ついにパスカシウスは、
 「千人の男がひとりの娘っこを動かせないとは、なんという魔術だ」と、叫んだ。
 聖ルチアは言った、
 「これは、魔術ではありません、天主のおん力です。さらに千人の男を加えても、わたくしを動かすことはできないでしょう。」
 どんな魔術でも尿をかければ解けると言う人たちがあったので、パスカシウスは、彼女に尿をかけさせた。しかし、それでも動かすことができないとわかった時、パスカシウスは、なにやら気味がわるくなってきて、
 「聖ルチアのまわりに大きな火を焚かせ、瀝青(チャン)と松ヤニと煮えたぎった油を振りかけよ」と、命じた。
 聖ルチアは言った、
 「わたくしは、信仰心のあつい人びとから受難の恐怖をとりのぞき、信心しない人たちからは罰あたりな声を取り除いてあげるために、殉教の時期をしばらく猶予して下さるよう天主にお願いしておりましたが、それはすでにかなえられました。」
 パスカシウスがひどく気おくれしたのを見て、彼の友人たちは、聖ルチアののどに刀を突き刺した。しかし、聖女は、それでも言葉を失わず、
 「わたくしは、キリスト教にふたたび平和があたえられたことを、あなたがたにお知らせします。今日、マクシミアヌスは死に、ディオクレティアヌスは帝位を追われました。そして、わが姉聖アガタ様が、カタニア市の守護者として与えられているように、わたくしは、シラクサ市の代願者として与えられるのです」と、叫んだ。
 聖女がその言葉を終わらぬうちに、ローマの使者が到着して、パスカシウスを捕縛し、皇帝のもとに連行していった。彼は、この州であらゆる機会につけこんで私腹を肥やしていたことを皇帝の耳に知られたのである。彼は、ローマの元老院に引き出され、人びとの証言に敗北し、判決によって斬首された。一方、聖女ルチアは、深傷を負わされた場所にそのままとどまってそこから動かされることを望まなかった。聖女は、司祭たちがやって来て聖体をさずけるまで息を引きとらなかった。聖女が息を引きとった時、すべての人々が「アメン」と唱えた。それは、聖アグネスの殉教と時同じくコンスタンティヌス大帝が、帝位についた時代であり、数年後の西暦313年『ミラノ勅令』が発布されるとキリスト教徒への迫害は、聖女の預言どおり止み平和がおとずれた。
 聖遺体は、その場所に埋葬され、聖遺体の上に教会が建てられた。現在、聖遺骨は、ヴェネツィアの聖ジェレミア聖堂区サンタ・ルチア聖堂または、フランス東部ロレーヌ地方の町メスのサン・ヴァンサン(聖ウィンノケンティウス)教会にあるという。
 聖女ルチアは、シチリア島だけでなく、イタリア、ドイツでも広く崇敬され、聖画に取り上げられることが多い。二頭の牛と千人の男たちに引っぱられている場面がよく描かれる。のどに剣または、小刀を突きさされ、手に聖書と棕櫚を持っている。皿に2個の眼玉をのせていることもある。眼病にたいする保護の聖人。文学作品にもしばしば登場し、ダンテは、『神曲(地獄篇)』で聖ルチアを天上の光を運ぶ聖女として描いている。
 聖ルチア(Lucia)は、lux「光」の意味を持つ。あるいはまた、Luciaは、lucis viaすなわち“光の道”の意味を持つ。光は、美しい姿をしている。
 聖アンブロシウスは、「光の姿には、あらゆる優美さが備わっている。それは、光の本性である。また光は、濁りなき流れである。なぜなら、汚れた場所に輝きを注ぎながらみずからは、清らかさを失わないからである。そして、光は曲がることなく真っすぐに進み、長い道のりを遅滞なく走る。われわれは、これらのことから聖女ルチアが、汚れのない乙女として美しい生涯を送っていたこと、どんな不純な欲望にも曇らされない天上的な愛を注いでいたこと、神への帰依の道をまっすぐに進み、中断なく不満もなく日々の善行の長い道のりを走り続けたとを知るのである」と、書いている。

 聖アガタと聖ルチアもまた、終末の大艱難時代における強力な祈りの取次ぎをされる守護聖人たちである。




【参考文献】
バルバロ神父訳「聖書」(講談社)
キリスト教美術図典1990年版/柳 宗玄、中森 義宗 編著
Jacobus de Voragine [ Legenda aurea ] ヤコブス・デ・ヴォラギネ「黄金伝説」
訳者:前田敬作・西井 武/発行所:株式会社人文書院


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