Julian of Norwich ノリッジのジュリアンが記した臨死体験時の恩恵『神の愛の啓示』


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ノリッジのジュリアンが記した『神の愛の啓示』


 ノリッジのジュリアン(Julian of Norwich, 1342〜1416)は、英国人です。
 マザージュリアン(Mother Julian) あるいは、レディジュリアン (Lady Julian) と呼ばれます。
 彼女の生涯は、ほとんど知られておりませんが、英国東部のノリッジ市コニスフォード(Conisford) の聖ジュリアン教会に隣接する小さな庵(いおり)に隠遁生活をされていた信心深い信徒でした。
 神の神秘の観想と彼女の助言を求めて訪ねて来る巡礼者のために生涯を捧げました。
 ジュリアンが、啓示を受ける以前は、観想修道会に属していたと推測されます。
 1373年5月8日〜13日、30歳半ばの時、一週間にわたる重い胸の病いを患いました。
その時、死後の世界、臨死体験の恩恵をいただき、幻視を含む16の特別な啓示を受けられました。

 それは、 『神の愛の啓示』 (Revelations of Divine Love; A Book of Showings to the AnchoressJulian of Norwich)に記録されました。

 十字架上のキリストの幻視、歓びと恐怖、悪魔と地獄、その他の啓示の後、彼女は再び聖主の励ましを受けてから約30時間後に覚醒したと言われます。

 病いが癒されたジュリアンは、神の愛と生きることのまったく新しい意味を悟りました。
 彼女の啓示が、 『神の愛の啓示』と言われる理由です。

 ジュリアンの書き写させたものは、二種類の版となって伝えられています。
 16の啓示体験を単純に書いた短い版(short text)と、
 神学的な内容としてまとめ上げた長い版(long text) です。

 前者は、臨死と啓示体験後まもなく書かれた最初のものです。 後者は、長年の黙想を積み重ねずっと後になって書かれたものです。
 前者は、15世紀のAmherst写本 [ London, MS British Museum Additional 37790 ]の見解が、現在普及され受け入れられています。
 後者は、彼女自身に関することが削除され、論理的に整理され、前者の体験による臨場感や情動が失われています。しかし、霊的意味をより豊かに広い枠組みの中で説明しようと試みています。そして、彼女の啓示体験記録から普遍的な意味を理解する書にまとめ上げられました。
 体験から15年ほど経てジュリアンは、最終的に神ご自身の愛を彼女に示されたのだと理解するに至りました。それは、最後の第86章に記されています。

 現在まで残っている四つの写本のうち三つは、長い版で大英図書館とパリの国立図書館に残されています。短い版一つは、大英図書館[Amherst写本] にあります。
 1670年に英国のべネディクト会士セリーナス・クレシー(Serenus Cressy 1605〜74年) によって刊行されたパリ写本にもとづく最初の印刷版が長く流布されてきました。
 その後、20世紀、英国に長らく私蔵されていた貴重な短い版の写本が発見され、1978年にE.ColledgeとJ.Walshによる批判校訂版が出版されました。
 この短い版のテクスト翻訳版を注釈しました。
 この書が広く流布しなかった理由は、女性のものであり、しかも、ローカルな英国東部地方の英語で書かれたためと言われます。
 12〜13世紀以降は、神秘家の啓示体験が語られ、彼(女)らが指導や助言を与えることも多かったこと、多数の女性の指導者が、教会に存在したのも事実ですが、ジュリアンは、ウルガタ版のラテン語聖書には通じていても謙遜に自分を学のない小さな者と語っています。





 また、時同じくして初めて英語で『カンタべリー物語』を書いたチョーサー(Geoffrey Chanterbury Tales 1343頃〜1400年 桝井通夫訳、岩波書店、1995年)と比較されますが、ジュリアンは、周囲の「人々」にイエズスの愛を公表せずにはいられなかったのでしょう。

 「私が闇の中で言うことを、あなたたちは明るみで言いなさい。」(マテオ聖福音10:27)

 英国でも特にノリッジに近接する地方は、異端弾圧が厳しかったことから、宗教改革時代に多くの文書が失われたことも少なからず関係しているでしょう。
 彼女は、カトリック教会の中で大きな存在として注目をひかなかったことが多くの学者たちの見解のようです。
 20世紀以降、ジュリアンの書は、明るみになります。
 トマス・マートン(1914〜68年)の『後ろ暗い見物人の推量』 の中で彼女の終末論を取り上げています。
 T ・S ・エリオット(1888〜1965年)の『四つの四重奏』 (二宮尊道訳『エリオット全集T詩』、中央公論社、1971年)の「リトル・ギディング」中でジュリアンの十字架と受肉の神学について黙想し、「薔薇」の象徴を引用しています。

 彼女の神秘体験は、病いの苦しみとともに始まり、もうろうとした記憶の中で死の淵に立ち、思い浮かぶあらゆる思念を通して全人格的な体験を記します。この神秘体験は、全体的な信仰の理解です。
 創造、人間、生命、受肉、キリストの死と栄光、罪、教会、聖母とすべての教義に触れることになります。そして、至聖三位一体の秘義が、基盤にあります。
 彼女の教説は、しばしばキリスト中心的と言われます。存在論的、また、聖霊と教会が等しく重要視されています。人間の罪は、歴史的事実です。
 人となられた神に赦されれば、神の痛みと喜びに与ることができます。人間は、無です。神への謙遜なまったき依存こそ宇宙を愛される神と、また、人類兄弟への愛に一致します。

 彼女は、「母なる神」という表現を用います。
 「イザヤ書」(49:15、66:13)に始まり、
 聖アウグスティヌス(Augustinus 354〜430年)、
 アンセルムス(Anselmus Cantuariensis 1033/34〜1109年)、
 スウェーデンのビルギッタ(Birgitta av Sverige; Birgitta Suecica 1303〜73年)
 シエナの聖カタリナ(Catharina Senensis; Caterina da Siena1347〜80年)
 にも見出されますが、彼女独特の言い回しは、正確に至聖三位一体内に結ばれて語られていることです。母は、全体性と包括的な愛の象徴です。

 また、アッシジの聖フランチェスコ(FranCesco; Franciscus Assisiensis 1181/82〜1226年)やダンテ( Dante Alighieri 1265〜1321年)がよく用いる形容 courtesy :丁重、親切、礼儀正しさをジュリアンは、たびたび用いています。
 神は、最も courteous であるとともに最も familiar :親しみやすい ということ、人々を愛し大切にする中で啓示を受けたジュリアンの神理解の特徴でありましょう。
 長い版の第一〜第二章で自ら総括して述べられていますように病いに倒れて啓示を受ける前に三つの恵みを神に願っていました。

 第一は、キリストの受難を目の当たりに追憶することであり、
 第二は死に至る肉体的な病であり、
 第三は悔俊と愛と聖主の痛みが分かち与えられることで三つの傷を受ける

 ことでした。
 病いの床に伏してから受けた啓示は、16あり、ほぼ三つに分けることができます。

1.至聖三位一体のうちにあるイエズス・キリストの十字架の苦難により、愛なる神の業は悪魔に勝利します。
 ジュリアンは、苦しむイエズスの身体的な幻視を受けて知恵と愛なる全能の神がすべてのものの創造者であるとともに、すべてのことを行うかただと知ります。
 また、聖母とはしばみの実の黙想から創造界に充満する神の善に触れ、祈りは、この善そのものに向けられているようにします。そして、この小さな自分は、より多く神を愛することにおいてのみ善いとされることを知ります(啓示1〜4)。

2.人間はしばしば繰り返し喜びと悲嘆を体験しますが、悲嘆は、誘惑であり、人間は喜びのときも悲嘆のときも常に神の愛のうちに保たれているのです。
 至聖三位一体の神は、キリストの死によって喜び、平和、愛をもたらすのですが、来世に至るまでは、そのキリストの受難がもたらす喜びが、われわれの慰めと幸せなのです。
 聖心の幻視のうちに神の痛みと愛をまた、現在の喜びと栄誉に満ちた聖母の姿は、聖主に喜ばれる道を見出します。栄光の聖主が、示されたことによって聖主こそが最高の愛、われわれの憧れ、仕える神そのものであります(啓示5〜12)。

3.神は、罪を赦し生を新しく創造し、統御します。われわれが、教会の信仰と真理を守ることは、聖主のお望みです。
 聖主が、われわれの願いの基盤ですから祈りと信仰は、われわれのあるべき姿です。善き聖主において痛みと苦難は、取り去られ、喜びと祝福に満ちた聖主が、報われることになります。
 創造主にして至聖三位一体の神、聖主は、永遠の生命と愛として力強くわれわれのうちに住み、われわれは、敵に打ち負かされないでしょう(啓示13〜16)。
 第1章につづく、・・・・。





 ◆ 参考資料 文献集
 ジュリアンの霊性―その「三つの賜物」
 『 サピエンチア英知大学論叢』第22号(1988年)、113〜131頁、同「ノリッジのジュリアンの霊性―「神の愛の啓示」と「神の母性」について―『 サピエンチア英知大学論叢』 第二三号(1989年)、171〜198頁、亀田政則「マザー・ジュリアンの「神」言語「神」の「母性(motherhed)探求」『日本カトリック神学会誌』 第8号(1997年)、55〜79頁、同「愛」の意味論― マザー・ジュリアン研究『 日本カトリック神学会誌』 第11号2000年)、65〜97頁、森下愛「ノーリッジのジュリアン:中世イングランドと現代を結ぶ隠修女― 」『 キリスト教史学]第53集(1999年)、162〜174頁、同「中世イングランドの隠修者 Anchoristes and Hermits Medival England 」『 上智短期大学紀要]第20号(2000年)、141〜161頁、同「中世の聖母マリア像― ノーリッジのジュリアンの著作から― 」、鈴木宣明先生古稀記念論文集刊行会編『歴史と霊性』 2000年、197〜221頁。
Edmund Colledge, James Walsh (eds.), A Book of Showings to the Anchoress Julian of Norwich. Part One: Introduction and The Short Text; Part Two: The Long Text, Appendix, Bibliography, Glossary, index, Toronto 1978
 Julian of Norwich, Showings. Translated from the critical text with introduction by Edmund College and James Walsh. Preface by Jean Leclercq (The Classics of Western Spirituality), New York/Ramsey/Toronto 1978; F. Beer, Julian of Norwich's Revelations of Divine Love. The Shorter Version ed. from B. L. Add. MS 37790, Heidelberg 1978; B.
Pelphrey, Christ our Mother. Julian of Norwich (The Way of the Christian Mystics), London
1989; D. N. Baker, Julian of Norwich's Showings. From Vision to Book, Princeton, New
Jersey 1994-: G. R. Crampton (ed), The Shewings of Julian of Norwich (Middle English Texts of Julian of Norwich. Revetions of Dive Love Short and Long Text). Translated by Elizabeth Spearing with an Introduction and Notes by A. C. Spearing (Penguin Classics), Harmondsworth 1998; C. Abbott, Julian of Norwich. Autobiography and Theology (Studies in Medieval Mysticism), Cambridge 1999; Julian of Norwich, Showing of Love. Extant Texts and Translation. Edited by Sister Anna Maria Reynolds and Julia Bolton Holloway (Biblioteche e Archivi 8), Firenze 2001;



【 参考文献 】
中世思想原典集成(15)女性の神秘家
上智大学中世思想研究所/編訳監修:冨原眞弓
他の中世思想原典集成 出版:平凡社

聖書 バルバロ神父訳「聖書」(講談社)




聖なる読書と伝説「薔薇窓」:http://baramado.info/ 著者:Joanne del apocalypse







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